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 会見は劇場の入口ですぐに開かれるらしい。特別公演は特殊な場合を除けば、そのままのかたちで表に出ることはない。ファンの切り抜き動画はサイトから即刻消去されるし、配信もアーカイブが残らない。見られなかったひとに内容を伝えるのは昔ながらの新聞や雑誌、デジタルコラムだ。 「今回の報道関係者席を勝ち取ってた記者さんたちが主な質問者になるってわけ。質は玉石混交だろうな」  シーは衣装の上に黒いジャケットを羽織り、楽屋の椅子に寝転ぶおれにそう話した。会見にはおれも出席したい、と言ったが通らなかった。「まず寝てろって」と同期にも諭されてしまった(血の気が引いて病人みたいだったのは合っていたらしい)。  理由はしかしもう一つあるだろう―質問の矛先がおれに向かうこと。あくまでも「銀色の」選外についての会見なら、おれは同席しない方が良い。  ヴェリほどではないにしろ、奇跡の銀色に入れ込んでいるひとは多い。彼らからすれば、おれは「銀色の価値を下げた悪のパートナー」だ。記者といっても客観的な見方をするひとだけではないだろうし。会見自体がぐちゃぐちゃになるからお前は大人しくしていろ、ということだ。  シーとの比較はいつものこと。公演を見に来るひとを、シーを見に来ると言い換えてもおかしくない。  だから、こんな結果になって、お客さんにもシーにも申し訳ない。選外になった理由がはっきりしているのだから尚更だ。対等なペアだったら、こんな風には感じないかもしれないと思うと、余計に息が詰まる。  でも記者たちに謝るのが正しいとも思えない―シーと、最高の演技をした。今の自分にできることはやったと、胸を張って言えるんだから。少なくとも演技の前半は。  準備が出来た、とスタッフが伝えに来る。おれがのろのろと起き上がろうとすると、シーの手がゆっくり頭を押し戻した。 「良いから寝てなね。……前半はすごく調子良かったよな。僕の声もちゃんと聞いてたろ。正直、春のときより調和は取れてた」  表情は見えなくても、声の響きがいつもよりずっと優しい。それがいっそう惨めに感じられる。結果について慰めているんじゃないと分かっていても。  病人(もどき)にはこんなに優しく出来るんだな、と憎まれ口をたたくこともできず、おれは「ありがとう」と呟いた。 「後半のは会見が終わってから確認しよう。お前の、暴走じゃない不調の原因を突き止めないと、今回の反省にならない」  頭から手が離れていく。「一応、こっからでも見られるってさ」とシーは部屋の隅にあるモニターのリモコンをおれに握らせた。 「見たくなかったら見なくていい。判断は任せるよ」  ドアが閉まる音がし、シーのヒールの音が遠くなり、消える。未だ浅い自分の呼吸と、古い蛍光灯のじらじらした音が響く。  おれはゆっくり身を起こして、モニターの電源を入れた。  見ないでなんていられるか。選外になったのはシーじゃない、おれたちなのに。 「―……奇跡の銀色の歌声はやはり見事でした。どこまでも伸びる高音が素晴らしかったですね」  会見はすぐに始まっていたのか、すでに質問者の一人が立ち上がっていた。カメラの質が低いのか画像が粗い。ありがとうございます、と頭を下げるシーの両隣には、ヴェリと統括チーフが座っていた。 「劇場の運営方針とそぐわないことを承知で申し上げますが、実情、観客は銀色の歌声を目当てに来る者がほとんどではないでしょうか。通常公演のチケットの売れ行きも、銀色の出演の如何によって全く異なりますよね」 「……数字を見れば、仰る通りですね」  統括チーフが低い声で返す。多様な美しさをうたってはいるものの、おれたちのような新人が多く出演する舞台は、確かにベテランのひとたちのものより売れ行きが悪い。 「それに、劇場から踊り手が出るのは久方振りにしても、なんというか……もう少しやりようがあるのでは?」 「やりようとは? ペアの結成は、シルヴェ、ヨウシア、双方の意見の一致によるものです」 「あの、ですから」  硬い口調のヴェリに、記者は笑い声を含んだ声で反論した。 「今回の結果を受けて、いま一度ペアを見直す予定はないんですか?」
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