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「いや何言ってるんだよ」  思わず声が出た。会場もざわついていて、その後に続く発言はない。  おれはゆっくり椅子から下りてモニターへ近付いた。これは出力専用機器だ、映像と音声を受信しているものは別にあるはず。  案の定、モニターの裏側には小さめのタブレット端末があった。これなら持ったまま移動できる。だけど充電器にもなっているスタンドから端末をなかなか外せない。指がうまく動かない。がちゃがちゃ揺らしたりずらしたりしてようやく外れたそれを持って、おれは廊下に出た。  シーはあの質問にどう答えるんだろう。もしペアを解消するつもりだと言われたら、おれはどうしたらいいだろう。  どうしたいか、は決まっている―土下座をしてでも泣きついてでも、彼との演技を続けたい。  一歩踏み出すだけでも頭ががんがん鳴る。両方のこめかみから割れるんじゃないかと思うくらいだ。それでもおれは壁に身体を預けるようにして会見会場に向かっていた。大人しくしていた方が良いのは分かっている。行ったところでシーの邪魔にしかならないことも。それでも行かないと。シーと演技をしたのはおれだ。ここまで言われっぱなしで、ペアは名乗れない。 「出演者については団員の判断に任せています。見直すとすれば、それは本人達が見直す必要があると感じた場合です。通常公演はスタッフが団員を選出しますが、特別公演はその限りではありませんので」  わきに抱えた端末のスピーカーが、くぐもった統括チーフの声を届ける。さっきの受け答えよりも明らかに語気が強く、声も大きい。そのことに記者も気付いたのか、「……そうですか。分かりました」と勢いのない答えを返した。  次の質問者は芸術関連の記事を書いているというライターだった。 「これは記者として、というよりも、個人的な、第零劇場のファンとしてお聞きしたいのですが。率直に、シルヴェさんが今回の結果をどう受け止めているのかをお聞かせ頂きたく」 「結果は結果。私達の演技より良い演技が多くあっただけです」 「成程。今回は上位者が多く集まった公演でしたからね」  シーは敢えてなのか愛想なく返すが、ライターは慣れっこのようだった。 「しかし、特別公演では美しさを競いますよね。ぼくはダンス表現にあまり明るくないんですが、シルヴェさんのペア相手の技術は卓越したものではありますが―恐ろしく、奇妙だ」 「美しいかをどうか決めるのは観客の皆さんですよ」  間髪入れずにシーは反論する。訂正と言っても良いかもしれない。  おれは、その場にしゃがみ込まないよう、壁につけた側の半身に力を入れるので精一杯だった。  恐ろしく、奇妙。同じ単語が、何度も何度も頭の中でリフレインされる。  美しくない。求められていない。  勝てない。  順位がつく演技じゃない。  特別公演に出ているのだって― 「はいはい、具合悪い子は大人しくしていなさいって言われたでしょー」  いきなり頭上から、聞き取るのにこつが要る低音が降ってきた。声の主を確かめる前に手元から端末を取り上げられ、軽い荷物のように担がれてしまう。  何が起きたのか分からずにいると、別の声が低音の向こうから聞こえた。 「アレクさん、端末。続き」 「ん? あぁ、そうだね」  端末からの音声が大きくなる。画面は見えなくても、音ははっきり聞き取ることができた。シーがさっきと同じライターに話している。 「―私のペアを、……」  シーは言いよどむ。続きを聞きたくない。投票してもらえないことや公演メンバーに選ばれないことより―シーからペアの解消を提案されるほうが、ずっと怖くて、嫌だ。  おれは目をきつく閉じた。  そうでもしないと聞いていられない。  いつもの演技後の反省とは違う。公の場で、シーがおれについて話すのを聞くのは初めてだった。 「……ヨウシアを批判する向きもあることは知っています。ですが、私は皆さんに改めてお伝えしたい。特別公演の舞台は一人で作るものではない、と」  シーの声は、スピーカー越しに聞こえているとは思えないくらいクリアで、真っすぐだ。  おれのネガティブな気持ちなんか、すぐに吹き飛ばしてしまうくらい。  息を吸いなおす。  目を開ける。  何度もまばたきをして、余計な水分を飛ばした。 「……アレク、下ろして」  おれを担ぎ上げていた腕を軽く叩くと、ゆっくり地面へ足がついた。そのままおれは、壁にもたれて声の主の二人を見上げる。  劇場一のベテランピアノ奏者、アレクは薄水色のひとみで、おれを静かに見下ろしてきた。 「銀色くんから頼まれたんだ。キミの様子を見ていてくれないかってね。そしたら案の定脱走しかけていた訳だ。まったく期待を裏切らないねぇ」 「それは……ごめん」 「オレはともかくアレクさんに迷惑かけんなよな。こっちだって疲れてんだ」  端末をいじりながら、もう一人―ラァンが吐き捨てるように言う。つり目つり眉が、いつもよりきつい角度になっていた。 「会見に出てる奴らなんてどれだけ大袈裟な記事を書いてレビュー数を稼ぐかしか考えてねぇだろ。あんま気にすんな」 「キミはもう少し気を遣った方が良いけどね。記者さんの中にも投票できる人はいるんだしさぁ」 「アレクさんの演奏の良さが分からねー奴はこっちから願い下げですわ。そう思わねぇ? ヨウシア」  双子の妹とは正反対のシンプルなグレージュの髪が近付いてくる。ラァンはしゃがみ、おれと目線を合わせた。 「で? 何か言い忘れてね?」 「迷惑かけてごめん」 「ああ、そっちじゃなくて」 「…………一位、良かったね」  渋々呟くと、ラァンは「おん」とだけ答える。今回の公演はぶっちぎりの一位だった―調和する音楽の美、を演技のテーマに掲げるペア。それがこの二人、アレクとラァンだ。
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