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3‐1
「銀色くん、まさか君とこんな風にお喋りする日が来るとはねぇ」
そう楽しそうに笑うアレクに、盛大な舌打ちをしたのはシーだった。……お上品なレストランとかじゃなくて良かった。そもそも、人に向かって舌打ちはするものじゃないが。
マリモ内にある貸会議室の一室で、おれたち四人は睨み合っていた。正確には、こっちを睨んでいるのはアレクの隣に座るラァンだけだけど。シーは誰とも目線を合わせようとしないし、アレクはずっとニコニコ……ニマニマしている。
何があってこうなったのかというと。
発端は、おれが半強制的に休暇を取らされたことに遡る。
銀色の選外、については、シーの会見での受け答えが功を奏してかその後も議論が続くことはなかった。むしろ、団員に対してあまりにも失礼な態度じゃないか、と何人かの質問者がバッシングを受けたそうだ。
そうだ、と又聞きなのは、アレクとラァンに見つかったおれは結局熱を出して最後まで会見を見られなかったからだ。体調が悪い自覚はなかったが、良い機会だからと通常公演への出演も止められ、約一週間休むことになった。次の特別公演まで期間が空いていたのは不幸中の幸いだろうか。溜めがちな学校の課題をやったり、いつもは流し聞きしている講義の動画をじっくり見たり。宿舎にいれば先輩たちも流入れ代わり立ち代わりやって来るから、話し相手には退屈しなかった。
シーと顔を合わせたのは休暇の最終日だった。広告の撮影や通常公演の歌唱練習なんかで、特別公演がなくてもシーはずっと忙しい。
「お前はほんっとに、踊ってないときはつまんなさそうな顔をするね」
宿舎の食堂にある馬鹿でかいテーブルで、物理・科学のビデオを見ながらだらだら課題をやっていると、不意にシーから声をかけられた。何かの撮影の帰りだったのか、見慣れない色のコンタクトレンズを付けている。
「明日から練習にも復帰するんだよね? だから……次の休みにさ、また演技の調整をしよう。お前の不調を突き止めたい」
「……それなんだけど、考えてることがあって」
まだ検討中、のような言い方をしておきながら、このときすでにおれは「考え」の先の段取りを済ませていた。ただ、シーにバレると絶対に良い顔をしないだろうから言わなかっただけで。
たけどちょっとした打算もあった。演技をより良くするためなら、シーはおれの意見に耳を傾けてくれるはずだ、と。
「おれたちだけじゃ、いつも似たようなことしか考えつかないだろ。シーはベテランだけど、シーでしかないわけだし」
「まぁ、別の視点、切り口で見直すのはアリだね」
あ、良さげ? と思ったのも一瞬で、シーはすぐに「けどさ」と眉を軽くひそめた。
「ご親切にご丁寧にご好意で教えてくれるやつがいるかい? 銀色がスランプ気味だ、自分達にもチャンスが来た―って考える方が多いぞ」
まあ、おれが逆の立場でもそうする。自分に勝ちが回ってきそうなときに、わざわざ敵に塩を送るほどのお人よしは、「海」ではなかなか生き残れない。
「……一組、心当たりがあるんだ」
おれがペアの名前を口にすると、案の定、シーは苦虫をかみ潰したような顔をした。おれはそれに気付かない振りをして、「今回の公演でも一番だったし」とわざとっぽく笑ってみる。ここで年下のアドバンテージを使わずに、どこで使うっていうんだ。
「…………僕はあいつが苦手だ」
「聞いたことはある」
「…………でも、……でも、お前が妙案だっていうんなら、乗っても良い」
お前はペアだからね。と付け足したシーの顔は、見たことがないくらいくっちゃくちゃのしかめっ面だった。
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