5人が本棚に入れています
本棚に追加
「楽しそうにするな、せめて敵情視察と思って警戒でもしてろ」
「えぇえ? 助言を乞いに来たのは相方くんから聞いているんだけどねぇ」
シーはおれの顔をちらりと見、すぐにアレクを睨みつける。おれの案に乗ると言った手前、文句を言うわけにはいかないと思ったみたいだ。アレクがいるときにしかこういう顔は見られないな、きっと。かなりレアだ。
アレクのピアノとラァンのバイオリンはペアの中でもオーソドックスな組み合わせだ。しかし、だからこそ実力が問われる編成でもある。
加えて、視覚的な効果も知り尽くしている二人だとパンフレットには書いてある。アレクは大柄で派手な衣装を着るけれど、ラァンは華奢な身体のほとんどが隠れる衣装を身に付ける。年齢や性別はもちろん、人間なのかどうかも分からないくらい、ミステリアスな雰囲気をまとって。
ラァンが端末で動画サイトを検索して、一本の動画を―去年の秋公演、とサムネイルにある―開くと、騒いでいた先輩二人も(正確には、騒いでいたのはシーだけだ)静かになった。
「オレはいつもアレクさんに助けられてるけど、まぁ、役割分担には気ぃ付けてるつもり」
役割分担。なるほどおれとシーとの間じゃ出てこなさそうな単語だ、と思いながらおうむ返しに呟く。
動画はラァンたちペアの演技の切り抜きだ。海外の古い楽曲をアレンジした演奏。著作権の問題もあるからこのチョイスなんだろうけど……二人の雰囲気によく合っている。つややかで、やわらかくて。聞き終わったときに幸せな気持ちになれる、あたたかい音楽だ。
「いわゆる阿吽の呼吸ってやつだよ」
ね、とアレクから声をかけられ、ラァンはおれには絶っ対見せない顔ではにかんだ。
確かに、お互いの楽器がメインになっているところを、素人のおれでもはっきり区別できた。調和、という単語が頭に浮かぶ。それぞれの実力を際立たせられるというか。おれが暴走しているうちは到達できないレベルなんじゃないだろうか。……他のペアの意見を取り入れる案はおれが出したのに、こんなに最初からつまずきそうになるなんて思わなかった。
「参考に、なるにはなる」
眉を寄せて動画を見ていたシーが渋面をおれへ向ける。
「が、正直、僕は僕が一番目立ちたいんだ……どうすればいいのかな」
「そこを調節して、良い塩梅にしてこそのペア演技ですよ、シルヴェ君? 何年舞台に立っているのか計算し直すと良い」
「だけどアレク。お前も聞いてただろ、あの会見。僕だってちゃんと調べたこたないけどさ、第零劇場の収益の大半はぶっちゃけ僕だろ。そこに対する責任も一ミクロンくらいは感じるわけだよ。銀色のブランドを保ったままペアとしての評価も上げる方法を知りたいんだよなぁ」
「それは魔法っていうんだよ。二兎を追う者は一兎をも得ず、ともいう」
「気が長いこった。時間は有限だよ、アレクくん」
それに、とシーはおれを横目で見る。
「集中力がありすぎて暴走しがちなのがいるんでね」
「いっそのこと彼に一度、主導権を渡してみるとか」
「破綻したら責任取ってくれる?」
「……信頼はペアの基本さ」
「自分で手綱を握ってたって暴れ馬を御せるとは限らないだろ」
暴れ馬扱いされた。
「んじゃあ訊くけど。おたくらの阿吽の呼吸とやらはどうやって成立してるんだ」
「理屈じゃないんだよ銀色。俺はラァンよりも年嵩だし芸歴も長い。引っ張る側として責任はあるが、この子には素晴らしい実力がある。任せられるところは任せてやっている。それだけだよ。ラァンは本当に頼りになるから」
「え、いや、オレまだまだで、マジでアレクさんに助けてもらってばかりで。オレ、アレクさんに昔から憧れてて。ペアもこっちから無理言って組んでもらったようなもんスから、出来ることは何でもやるって気持ちで」
「…………」
横に座ったシーが何も言わないので見てみると、白目を剥きそうになっていた。
「アレクには勿体なさすぎる……後輩の鑑だな……」
「暴れ馬で悪かったよ。ええと、なんて言うのか……おれが暴走しなくなるのが、近道なのかもな」
演技中に具合が悪くなった理由は、ラァンたちにインタビュー(こんなにタジタジになる敵情視察があるだろうか)を続けても、分からなさそうだけれど。思わぬ収穫というか、明確な道筋が見えた気がする。
おれはこれまで、シーの足を引っ張るまいと自分の技術を磨いてきた。だけど必要なのはそれだけじゃない。二人で演技をするのだから、シーソーをこぐように二人でバランスをとる練習も必要なんだろう。
「というより」と、オットーは指をくるりと回しながら口を開く。
「おたくらの演技は喧嘩してるみたいだよ」
「……ケンカ?」
「演技から、自分達を見てほしいって気持ちがびしびし伝わってくる。それが一概に悪いとは言えないが、ほら、芸術の品の良さってあるじゃないか」
「……ええと……」
今度はおれも一緒に白目を剥く番だった。
いっそ下品だとアレクが言い切っていたら、シーも嚙みつかんばかりの勢いで突っかかっていたはずだ。だけど座ったままじっと動かない、ということは……思い当たる節が、シーにもあるってことだろう。
喧嘩、のインパクトにぎょっとしてしまったけれど、それ以外におれたちの演技を指し示すのにぴったりな言葉もない。まさに図星。魚みたく、口をパクパクさせるしかなかった。
最初のコメントを投稿しよう!