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「僕らにあんたらみたいな品の良さはないかもしれないが、喧嘩呼びするほどじゃあないだろうが」  口を開けたままのおれとは違い、シーは早々と立ち直ってアレクに反論する。 「なんだよ喧嘩って。いくらペア歴が短いつってもそれは誇張だ。僕が、舞台で、観客を喜ばせられない演技をするとでも―」  シーが腰を浮かしたそのとき、タイミングを図ったようにベル音が鳴り響いた。時間が一瞬止まる。シーはデニムのポケットから端末を掴み出して、耳に当てながら勢いよく会議室を出ていった。  急な呼び出しはよくあることだ。何かの会社の社長が何かのついでに挨拶をしに来るとかで、予定がずれまくったこともある。  シーの靴音はだんだん小さくなり、すぐに聞こえなくなった。 「忙しいねぇ、銀色は。一緒に練習する時間はちゃんと取れているのかな」 「そこは……おれは、問題ないって思ってますけど」  喧嘩みたいだと言われた手前、あまり堂々と返事するのも気が引けた。トンチンカンなやつだと思われるのも嫌だし。  そっか、とアレクは穏やかに笑う。なんだ、お小言でも詮索でもなく、ただの世間話か― 「ヨウシア。シーをどうかよろしくね」 「おれ? に、頼んだの?」  世間話じゃなかった。  だとしてもどういう話だ、これ? 「どっちかっていうと、僕が面倒見てもらってるんだけど。何をよろしくすれば良いのか」  うんうん、と大きく頷いているラァンは無視する。 「あいつもペア歴は坊ちゃんと変わらないのよ。同期のよしみってやつでさ、頼むわ」 「……それ、前から気になってたんだけどさ。同期? ってどういうこと? アレクはマリモの前にもどこかで活動してたの?」  年齢はアレクの方が上に見えるし、あの実力ならそうであってもおかしくない。 「ああ、最初は地元の楽団にいたから転職組。でも同期なのも合ってる」 「……うん?」  シーの同期ってひとに会ったことはないぞ。どういう計算なんだ、と頭をひねったところで、出ていった勢いそのままにシーが部屋へ戻ってきた。かたちの良い眉を片方だけぴっと上げて、おれじゃなくとも機嫌の悪さが感じ取れるだろう形相だ。 「シー、大丈夫?」 「今度の広告のミーティングに出ろ、だって! 今すぐ! 僕なしで良いって話だったのにさぁ」  荷物をざっとまとめて、シーはおれにちょっと頭を下げた。 「悪い、ヨウシア、こいつらの時間がある限り色んな情報を徹底的に引き出せ。夜には宿舎に戻るから、そんときに聞かせてくれるかい」 「えっ、あぁー……分かった」  嵐のように再び出ていくシーを目で送って、改めてアレクとラァンに向き直る。 「それで、さっきの続きだけど」 「今ので何もなかったふうに話出来んのすごいなお前! オレ、銀色がムカついてる顔って初めて見たんだけど!」 「わりといつものことだよ」 「ペアの特権……って言っていいのかそれ……?」  演技を指摘されまくりなおれからしたら、ラァンの反応の方が新鮮だった。 「続き、ええと、同期って話ね」と、アレクは視線を宙にやる。 「俺はね、銀色と同じ年に入団してんの。銀色と写真屋とトシが近いの」 「…………えっ? あっ、うわ、ごめん! おれすごい失礼なこと言った!」  ひとの見た目で年齢を決めつけるなんて。慌てて頭を下げるとアレクは「慣れてるよぉ」とからから笑った。 「銀色は新人の頃からさっぱり変わらないからなぁ……実際はおじさんなのに」 「アレクさんもおじさんじゃないっす!」  すごい速さで答えたラァンに頷いて、アレクは「若者が多いのは事実だよ」と続けた。 「国内外からより良い条件でオファーされたらそっちに行くのが殆どだから、俺みたく長いこと居るほうがイレギュラーだね」 「そ、そうだったんだ。シーが年上なのは分かってたけど、思ってたより年上だ……」 「っはははは、俺たち、基本的に年齢は公表しないからねえ」  シーがよく美容関連の広告のモデルをしている理由は、あの容貌だけが理由じゃないのだろう。おれの頭の中に、アンチエイジングの一言がぽっと光った。 「海の先輩方、皆さん顔良すぎっすもん。年齢不詳が多いっすよ」 「ははは。ここに入る前に、顔採用枠があるって噂は聞かなかった?」  おれは思わずラァンと顔を見合わせた。同期のあいだでも話題になったことがある。おそるおそる頷きながら、ラァンが口を開く。 「でもそれって、マジに噂っすよね? 奇跡の銀色の美貌? が奇跡っつーだけで」 「うん、そう思わざるを得ないくらい器量よしだと観客の皆が思ってくれている、ってことかな。肯定的に捉えるならね。観客は、いわゆるナチュラルボーンビューティーかどうかもすぐ気付くみたいだからね」  ナチュラル? なに?   眉をひそめたおれに、ラァンは「生まれつき、みてぇな意味だよ」とぶっきらぼうに教えてくれる。 「手を加えてないってこと。美容整形くらい知ってるだろ」 「ああ」 「他の楽団にいるダチの話だけど、ファンの裏コミュニティで結構言われて活動できなくなった人もいるんだってよ。顔変えたとか、いくら使ったとか、そういう……見た目のことをさ」 「昔は、カメラが高性能じゃなかったから良かったよ! 今じゃメイクの細かいところまですぐ分かるじゃないか」 「へえ……」  美しさを得る努力をすることの、どこがおかしいんだろうか。おれと水域全体とでは、感覚が違っているのかもしれない。 「とはいえ、ね? スタッフも目は肥えてるんじゃない? ヴェリを筆頭に」 「まぁ、……かもね」  納得してしまった。したくなかったのに。 「それで無意識にバイアスかけてるっつーんならしょうもない話っすね……」 「銀色くんがずば抜けていて、他はどんぐりの背比べってセンもあるけどねぇ。―シルヴェは特殊だから」  さて、とアレクは声音を少し明るくした。シーがいなくなって気軽そうに見えるのは、おれの気のせいなんだろうか。  というか、シーがアレクを苦手な理由がいまだによく分からない。話しかけるのも嫌だ、ってほどじゃないんだろうか、シーは。 「ここでずっとお話しているより、実際の俺たちの演奏を聞いた方が、何か手がかりが掴めるだろうし。ラァン、防音室の空き状況って分かるかな」 「はい! ここ来る前に確認しましたけど、第一ボーカル室は空いてました」 「じゃあ移動しようか。ヨウシア、いいかい?」 「あ―はい。お願いします」  ラァンは楽器を持ち歩いているし、キーボードなら防音室にも置いてある。一応、シーに場所を移動するメッセージを送信してから二人に続いて会議室を出た。  ラァンは先に行って鍵を開けてくれるという。ゆったり歩くアレクに追いついて、おれは彼の名前を呼んだ。 「無理言ったのに、こんなによくしてくれてありがとう。シーはあなたのことが苦手って言ってたから、断られると思ったんだ。最初は」 「いやぁ、奇跡の銀色とまで称されるようになったあれが、俺なんかに? ってね。きみには悪いが、面白半分もちょっとあったんだよね」  おれたちより安定した成績を収めているペアだ、面白半分だったとしても、おれは感謝の気持ちのほうが大きい。 「アレクがここに来たときから、シーはそう呼ばれていた? その、奇跡がどうのこうのって」 「いんや? 俺が来て数年後かな。特別成功した舞台があってね。その辺りからかな……銀色の特殊性が目立ち始めたのは」 「……さっきも言ってた、その、特殊って、どういうこと」  訊いた途端、アレクはぎくっとして視線を逸らす。明らかに、言わなくてもいいことを言ってしまったひとの反応だった。 「…………それは、ほら、ありふれた美人とはレベルが違うっていう」 「本当に?」 「……」 「特別、じゃなくて、特殊って言った理由はある?」  シーは特別だ。彼の舞台を見たひとなら皆が賛成するだろう。第零劇場にとって、はもちろん、この社会ってやつにとっても、と言うひともいるかもしれない。  おれはそんなに賢くないけど、特別と特殊が違うのは、分かる。  昔からシーを知っているアレクだからこそ、微妙なことばの使い分けをしたんじゃないか、と思えるくらいには、シーを見てきた。 「……相方クンは勘が鋭いねぇ」 「何か理由があるんだ」 「あると言えばあるし、ないと言えばない、かなぁ…………」  会議室から防音室がある地下まではエレベーターで移動しないといけない。下階行きのボタンを押し、待つ間、おれもアレクもずっと無言だった。  アレクが重たそうに口を開いたのは、上階で止まっていたエレベーターがようやく下りてきてからだった。
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