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 良いパフォーマンスのためにルーティンを作るというアスリートは多い。おれは特別何かのスポーツをやってこなかったけれど、この意見には賛成だ。  かたやプロ選手、かたや舞台の踊り手。技術に雲泥の差があっても、いやあるからこそ、真似をしてみる意味がある。  おれのルーティンは朝のランニングだ。よっぽど体調不良でもない限り(こっちに引っ越してきて一年と少し、具合が悪くなったことはまだない)、走り込みをする。  宿舎の近くに、ランニングコース付きの大きい公園がある。同じ宿舎にいる先輩たちも、新人の頃はそこで体力づくりをしていたって聞く。  おれもその先輩たちに教えてもらったコースを走っている。強度に合わせて何種類か経路があるうち、一番きついコースだ。  シューズの色で覚えてもらっているのか、いつもすれ違うペアから今日も早々に挨拶される。おはようございますのやり取りを交わすだけで頑張ろうと思えてくるから不思議だ。  太陽の高度が上がってきた。  コースの半ばも過ぎると呼吸が辛くなってくる。  姿勢が崩れていないか、ペースが大きく変わっていないかを確認しながら走る。  最初は肌寒いと思ってもすぐに暑くなってくる。夏が近づけばもっと早起きしないといけないだろうか。おれは朝に強いとも言えないし、かといって誰かに起こしてもらうのも恥ずかしいし(夜型のシーは論外だ)。……早起きできない理由を探すより、取りあえずやってみるのが近道だ。  劇場があるエリアはおれの地元よりずっと南の方にあるからか、季節の変化を感じにくい。温暖化が進んでいるのだけが理由じゃないと思う。あくまでもおれの体感だけど。  ずっと住んでいる人からすればこれが普通なんだろう。春に雪が降るのは珍しくない、ってのは珍しいというのをこの冬に知った。  珍しいといえば公園もそうだ。大きさも色々な公園(と呼ばれる野っ原、を含めて)があって、遊具がなくても目一杯遊べて……みたいな場所を、こっちではあんまり見かけない。  用水路や田畑もないもんな。雑に言っちゃえばこっちは都会だし、そういうものか。  とはいえ。おれがランニングに使っている公園には、所々にいかにもな「自然」が作られている。  季節に応じて植物が替わる花壇とか、小さな川や湖に見立てた水路とか。今は黄色や白、紫色のビオラを中心に植栽されている。  よくは知らないけれど、こういう見た目重視の植物―観賞用? の植物はそれなりに値が張るはずだ。何十年も前ならいざ知らず、今じゃ世界的には植物じたいが貴重らしいから。広い公園のあちこちに花を植えられているのは、ここがかなり金をかけて整備されている証拠だ。  だけどいくら金をかけたって、ここにある自然は人工物だ。  ケチをつけたいんじゃなくって。おれが知っている自然とのギャップが大きくて、取って付けたような……ちゃちな感じがする。  自然と聞いておれが思い浮かべるのは、例えば―自転車を走らせればすぐの雑木林や、この時期はまだ釣り解禁前の川、そうだ、四方のどこを向いても山が目に入るのも良い。  冬のうちに真っ白になった山並みは、雪解けが始まると毎日違う顔になる。黒い山肌が日々形を変えていくのが面白いし、雪解け水は冷たくて旨くて、 「……あー」  足が重くなる。止まってしまいそうになるのをなんとかこらえたら、たるそうにしているような走り方になってしまった。  集中できていない。  あれこれと思い出しすぎた。  普段は地元のことを考えないようにしているのに。何もかも御免だと切り捨てて出てきたのに。一切合切忘れてやると思っているのに―たった一年かそこらで懐かしがれるなんて驚きだ。 「…………初志貫徹だ」  自分に向けて呟いて、またペースを上げた。
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