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 シーはモデルの仕事をいくつもこなしている。服、靴、バッグ、アクセサリー、化粧品、サプリメント、旅行代理店、ヘアサロン、美容整形外科、美容機器……流行のものにはシーの顔を貼り付ける取り決めでもあるんじゃないか、と思うくらいだ。  特別な要望がない限り、撮影にはマリモ内のスタジオや施設を使う。カメラマンはいつもオットーだ。理由は単純に「お金がかからないから」。シーが動くと沢山の人と費用が動く。芸能人も節約とか考えるのか、と、おれは一般人的な思考を働かせるわけだけど。  寿エリアの総合受付に話をすると、結婚式場の控室が撮影準備室になっているらしい。すれ違うマリモのスタッフに挨拶をしながら控室に着くと、髪に大小様々なヘアピンをぶっ刺した奇跡の銀色が、部屋の前をうろうろしていた。 「………………ヘアセットに困ってる感じ?」 「そ。僕の持ってるイメージが向こうのと違うらしくてな……。オフの日に悪かったな、呼び出して」 「全然。おれも勉強させてもらう。そんで何を手伝えば良いの?」 「あー……あーっと、ちょっと待て」  シーが部屋に引っ込み、代わりに出てきたのはオットーだった。のりがきいたワイシャツを腕まくりしている上にネクタイも緩んでいて、普段とあまり変わらない格好だ。 「オットーの手伝い?」 「じゃなくて。待ってる間に撮ってもらいな」 「え? おれ? 撮ってもらうの?」 「パンフレットの紹介写真さ、きみのだけ未だに証明写真みたいなんだもの! ささっと撮ってもらいなよ」 「ささっと、って」  風圧を感じる速さで閉まったドア越しに呟いても返事は来ない。そんな話はしてなかったじゃないか。  オットーの顔を見ると「だ、そうだ」と色々諦めた口調で肩を竦められた。 「ガキん頃から合唱団だの何だのにいた連中と違ってお前は写真慣れしてねぇしな。練習だ」 「お代は? 今月ピンチなんだけど」 「シーにツケとくわ。で、場所はどうする? 外行くか?」 「んー……この辺にする」  控室と入口をつなぐ廊下の壁は真っ白だ。背景にするならぴったりだろう。 「けどお前、また証明写真にならねえか? 楽器持ったり衣装着たりするでもないんだしよ」 「じゃあ……あ、オットー、おれ動くからさ、良い感じに撮ってくれる?」 「なんともふわっとした注文だな」  それを叶えるのがカメラマンですよ、とオットーはおちゃらけた口調で答えてくれる。おれは一つ深呼吸をしてから、壁の前に真っすぐ立った。  おれは楽器も演奏できないし、シーみたいに目立つ見た目をしている訳でもない。だから初めて見てくれる人に知ってもらうには、おれのからだの動きを撮ってもらうしかない。  右手の指先から肘へ、肩へ、首を二度通って、左肩からまた左中指の先へ。動きを文字通り、波のように伝えていく。  頭のてっぺんから首、背中、腰、爪先。自分が思った通りにからだが動いていくのは当たり前じゃないからこそ、面白い。  伝播。振動が途切れずに伝わっていく。身体の動きも音も―声も。おれの演技もシーの歌も波だ。次の特別公演は夏の要素がテーマになるらしい、ってシーが言ってたな―波。夏は水だよな、やっぱ。海よりも川の波が好きだ。水の滑り台。小さな小さな滝。大きな石が流れを変える、渦が出来る― 「おぉい、ヨウシア? ヨウシア、良い感じに撮れたぞ」  オットーの声にはっとする。いつの間にか、アイソレーションじゃない動きをしていたみたいだ。 「大丈夫か? ほんっとにすげえ集中力だな」 「周りが見えなくなっちゃうんだ……暴走する癖直さないと……」 「っははは、シーと反対だな。舞台の上だとあいつは周りが見えすぎる」  一体どんな風に動いていたんだと疑問符を浮かべるおれに、オットーは苦笑しながらカメラのモニターを差し出した。 「やっぱしお前は踊ってるときが一番良い顔してんな。んで、アップよりこっちの方が」  と、全身が写った数枚をオットーはおすすめしてくる。おれは悩みに悩んで、その中から横顔の一枚を選んだ。両腕が広がっていて、跳ぼうとしていたのか片脚にぐっと重心がかかっている。 「これにする。ありがとう、オットー」 「おう、シーにも礼は言っとけよ。あれはあれでお前を買ってるんだ。相棒の前評判は上げておくに越したことねぇってよ」 「もしかして今までの写真って悪目立ちしてた?」 「いち観客として言わせてもらえば、まぁそうだな!」  オットーは豪快に笑うが、おれは思わず天を仰いでしまった。もっと早く言ってくれよ。いやおれが自分で気付かないといけないのか。 「あいつはお前が観客から正当に評価されてほしいんじゃねえの。あいつだけ取り上げられたり、訳分かんねぇバッシング受けたり……何回もあったろ」 「ペア発表のすぐあとは特にそうだったって」  おれがそうしたことがあったのを知ったのは、全部が収束してからだった。シー(と、ヴェリたち裏方の皆)が、おれには気付かせずメディア対応なんかをこなしてくれたお陰だ。  おれは本当にガキだし、新人って肩書きもまだ取れていない。だけど、 「そりゃあ芸歴の差はすぐに埋まんねぇよ。けどシーがお前を誘った、奇跡の銀色がお前をペアの相手に選んだっつーのは事実だ。焦ったってどうにもならねぇさ」 「……うん」  おれの思考を見透かしたようにオットーが言う。波を―これまでやってきたことを続けて、おれの速度でつなげていくほかに、近道はないんだ。
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