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⑤
「本部船、本部船。こちら海燕。異常なブローが来ています。安全を期するためにレースを中止して、ヨットは一旦ハーバーに帰してださい。……ええ! なんだって!」
「どうしたんですか、鬼無先生」
トランシーバーに叫んでいる航太郎を、晴海が心配そうに見る。
「もう、スタートしたそうだ。レースは始まってる。すぐにこのブローに入るぞ」
スタートして左右に広がっていくヨットが見えてきた。
「先生、各運営艇に直接連絡して下さい。『レースを中止してヨットはハーバーに帰るように』と選手に言ってもらいましょう」
「でも、勝手に言っていいかなあ」
「生徒、躊躇しないで! どうせ昼休みなんだし構いません。早く!」
「わかった」
航太郎は、各運営艇にトランシーバーで、ヨットをすぐにバーバーに帰すよう連絡した。
「おい、こちら本部船。何勝手なこと言ってるんや、運営艇に指示をするのはわしや。レースはもう始まっとるんやで。一気にやったらええんや」
スピーカーから牛窓の声だ。3レース成立させることを優先したいのだ。牛窓は、ブローの危険性がわからない。
「ああ、もう無視、無視! わからんちんは、ほっとけ」
勝賀が、ダメだとばかりに掌を振る。
ブローポケットは、レース海面まで到達している。先行しているヨットがブローポケットに入る。予想通りだった。セールが大きく傾きそのままチンをした。
ヨットはもともとチンをすることを想定して作られているので、沈むことはない。センターボード呼ばれる船底にある板に乗って、起こすことができる。
風が一定方向から吹いている場合なら起こしやすい。しかし、強風がランダムに吹いてくるブローポケット内だ。ヨットが起きても、また不規則な風でチンをしてしまう。そのうちに選手の体力も奪われて行く。
「ああ! あっちでもチンしてます。 あ、また」
全チンと言って、完全に船底のみを海面に出して浮かんでいるヨットも数艇見られる。
「この風の中では、起きてもすぐまたチンだ。選手だけ救助しよう。まず人命が一番だ」
航太郎は決断した。
「でも、ヨットはどうする。そのまま放棄するのかい。どっかに流されて分からなくなるよ」
勝賀は、ゆっくりとチン艇に近づく
「ヨットに装備されているアンカー(錨)を使いましょう。とりあえずひっくり返ったままアンカーを打って固定しておきます。この作業は私がやります」
晴海はGパンを素早く脱ぐ。ウェットスーツを着ているではないか。
「こんなこともあろうかと、準備していました」
疲れ切った選手2名を海燕に引き上げると同時に、晴海が海に飛び込む。アンカーを打つ作業が終わり、晴海が指でオーケーサインをする。
この救助活動が続いた。もう何人助けただろう。
「これ以上乗ると海燕が転覆するから、一旦本部船へ行くよ」
勝賀は、本部船へ向かった。
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