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⑦
顔を出す。水面にお椀を伏せたよう状態だ。空気がある、エアポケットの中だ。
航太郎の目の前に女子選手がいた。
その顔は、青ざめ唇が震えている。女子選手は、航太郎と見るとしがみついてきた。
「助けて! 助けて!」
「うん。よくがんばった、もう大丈夫だ。ここを出よう。さあ潜って」
航太郎が、女子をコックピットから出すべく彼女のライフジャケットを沈めようとした。
その時だ、
「いやああ! 怖い! いやだあ! やめてください!」
「え! ほんの一瞬潜るだけだって、大丈夫だよ。ほら、こんなふうに」
航太郎が、一瞬水中に没して、すぐに顔を出す。
「嫌です! 怖い!」
女子は、航太郎を離しコックピットにしがみついた。涙を流して震えている。水中に顔をつけるのを極度に恐れているのだ。
「すぐにここから出られるんだ。さあ先生と行こう」
必死の説得だ。時間をかけている暇はない。こうしているうちにも彼女の体力は奪わてい行く。低体温症の心配もある。
航太郎は、躊躇なくロープを引いて晴海に合図をした。10秒ほどで、晴海がコックピット内に来た。手で顔をぬぐって周りを見る晴海。
「先生! どうしたんですか! 大丈夫ですか!」
「ああ、僕は大丈夫。選手もここにいたよ。だけど彼女、潜るのが怖くて出られないんだ」
晴海は、しっかりとコックピットにしがみついている女子を見た。そして、その腕を掴む。
「さあ、出るよ」
女子は、恐怖がこみ上げてきたのか、晴海の腕をはらって大声で泣き出した。
「いやだああ! やめてえ! きゃあああ!」
もはやパニック状態だ。
バシッ!
晴海は、女子の頬に掌でビンタをした。そして驚いている彼女のあごを掴んで、
「しっかりしな! あんたの相棒が外で待ってる。あんたを待ってるんだよ! ほら、息を止めろ!10数えるだけで外に出られる!」
女子は、わなわなと震えながらも、ビンタで我に返ったのか素直にうなずいた。
「先生! この子を外に出します」
「わかった!」
「それ! いち、にの、さん!」
航太郎と晴海は、女子を沈めてコックピットから出した。そして、2人もそれに続く。海面では、勝賀が女子を海燕に引き上げている。先に救助した女子選手も、泣き叫びながら手伝っている。
「よかったあ! ごめんねえ! ごめんね!」
海燕で抱き合う二人。
航太郎も、晴海も帰還した。それを確認して勝賀は、再びフルスロットルでハーバーに向かう。
「陸上本部、こちら海燕。最後の2人を救助しました。今から帰ります」
連絡する航太郎。
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