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 令和〇年10月某日、瀬戸内海沖にて高等学校ヨット競技新人大会が開催される。高校ヨット部の1、2年生の新人が、2人乗りのディンギー(4.2mの小型ヨット)でレースを行う。  この日が、鬼無(きなし) 航太郎(こうたろう)にとって最悪で長い一日になろうとは……。  高等学校ヨット競技新人大会前日、午後6時。ヨットハーバーの管理事務所で、大会運営の最終打ち合わせ会議が行われていた。  出席者は、運営委員の各高校のヨット部顧問教員15名。鬼無航太郎もその中の1人。  長机を前に大会運営委員長、生島(いくしま)が挨拶を始める。 「お忙しい所、ご参集下さりありがとうございます。明日(あす)は、事故無く全3レースを終わらせたいと思います。そのためにも、先生方も気を引き締めて選手の身の安全に、集中していただきたい。先ほど明日の天気、海象(かいしょう)を調べたところ、午後から不安定な風が吹いてくるようなのです」  理科教員の航太郎は、『不安定な風』という言葉に反応した。手をあげ生島に質問をする。 「あの、不安定な風とは、どんな吹き方をする風なんでしょうか?」  生島は航太郎の顔を見た。さらに全員を見て答える。 「風の強さ、風向き、その両方が不安定になる風です。海面上の波も不規則になると予想されます」 「そりゃあ、ほんまですか? ちょっと大げさとちゃいますか」  副委員長の牛窓(うしまど)だ。 「もちろん。絶対と言うわけではありません。ただ、穏やかな天候でも、気を抜かずに臨んでください」  その時、男性事務員が、小走りで生島委員長に近づいてきた。耳打ちする事務員。生島は、運営委員の方を向く。 「私事(わたくしごと)で申し訳ない。緊急に帰らないといけないことが起こりました。明日の大会運営委員長は、副委員長の牛窓先生、申し訳ないがよろしくお願いいます」 「ええ! わしかいな。わしは、審判長(しんぱんちょう)もしとるけど」 「審判長は……。そうだ、鬼無先生にお願いします」 「え、僕ですか。あの、僕は教員2年目で、今年初めてヨット部の顧問になったばかりで。ヨットレースの事はよく知らないのですけれども」 「大丈夫。よろしくお願いします」  生島委員長は、強い口調で有無を言わせない。  航太郎にとっては、寝耳に水だった。 「後は、事務員から事情を聞いてください。牛窓先生、鬼無先生、本当にすまないがよろしくお願いします」  そう言うと、生島は机上の書類を手早く集めて、会議室を出て行った。 「何があったんや?」  牛窓が、事務員に聞く。 「はい、先ほど、生島先生のお宅から電話がありまして、息子さんが交通事故にあわれたと」 「生島先生の息子さんといえば、中学生やったなあ。鬼無先生、そういうことや。審判長よろしく頼むで」  会議は1時間ほどで終了した。
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