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「この成金女が! 今に化けの皮を剥いでやるわ!」
「何をおっしゃいますやら。世の中、金で解決できないことはございませんのよ」
「姑に向かってなんて口の利き方なの!」
「ご心配していただかなくとも、お義母さまには今後お会いする予定はありませんもの。ああ、あんまり怒ると長生きできませんわよ。せいぜい領地で心穏やかにお過ごしくださいませ」
「むきいいいいい」
「おーほっほほほ」
なぜオーレリアがベンジャミンの母親を口汚く罵っているのか。自分の母親を敬ってほしいなどとはこれっぽっちも思ってはいないが、オーレリアが普段使っている語彙とは思えない低俗な煽り方に疑問が生じた。
そしてなぜ王都から遠く離れた領地に軟禁しているはずの母親がここにいるのか。これまたさっぱり理解できずに、ベンジャミンは頭を抱えた。まったくもって意味がわからない。
「オーレリア嬢、それから母上。これは一体何の騒ぎかな?」
「ベンジャミンさま!」
「ベンジャミン!」
真っ青な顔で扇を取り落としかけた婚約者を前に、ベンジャミンも覚悟を決めた。大切なことは、しっかりと口で言わなくては伝わらないのだ。
「ベンジャミン。見なさい、これがこの女の正体よ!」
「わ、わたしは、わたしの愛するひとを守るために戦うのみでしてよ!」
なぜか急に噛んだオーレリアにやはりとひとつうなずくと、ベンジャミンはオーレリアを自分の背にかばい、母親に向かい合った。
「俺の婚約者への暴言、謝ってもらいたい。そもそも、母上に文句を謂われる筋合いはないはずだ」
「ベンジャミン、婚約者ができたというのに親に連絡ひとつ寄越さないとはどういうつもりなの?」
「父上と母上は隠居された身の上。世俗のことには煩わされず、ゆっくりと余暇を楽しんでほしい」
「ひとを老人扱いしないでちょうだい。それに、なんなのこの品のない娘は。何をどう間違ったら、夫の母親にたてつくような娘と婚約を結ぶ羽目になるのかしら」
「オーレリア嬢の発言については、俺も不思議に思っているよ」
「そうでしょう! あなたはこの女狐に騙されているのよ!」
「オーレリア嬢は意味もなく、先ほどのような振る舞いはしない。どうせ母上がよからぬことをしたのだろう。それから、母上。約束を破ってどうしてここにいるの?」
「だって、息子が婚約をしたと人伝に聞いたらいてもたってもいられなくなって」
「じゃあ、真っ昼間から酒臭いのはどうしてなのか、教えてもらってもいいかな」
はっと、慌てたようにベンジャミンの母親は口を閉じた。ベンジャミンは部屋の中をざっと見回し、足元にスキットルが転がっているのを見つけた。
「田舎送りにされたことに我慢できず、酒浸りの日々を送り、酔いに任せてここまでやってきたってことかな。母上のことだ、女性に手をあげられない家令に逆に暴力をふるったんじゃない? 家令がぎっくり腰になっていなければいいんだけど」
「どうして、あの家令の心配ばかりするの! わたくしは、あなたの母親なのよ。息子なら、母親を大切にするべきでしょう!」
「母上、無償の愛というものはないんだよ。ひとを愛したことのない人間は、愛されない。愛されたいと愛を乞うだけでは何も変わらないよ」
「あなたも、わたくしを愛してくれないのね! どうして! どうして!」
錯乱状態に陥った母親が急に静かになる。貧血を起こしたのか、床にうずくまっている。領地に軟禁すればいいと思っていた、自分の甘さに嫌気がさした。自分が傷つくなら構わない。けれど、オーレリアを傷つけられるのだけは許せない。恋や結婚なんて面倒くさいと思っていたはずなのに、いつの間にか誰よりも大切になっていた。
(俺はオーレリアを愛している。彼女のために何ができる?)
しばらく考え込んだあと、ベンジャミンは家令に義兄へ連絡をつけるように言いつける。なんといっても、今日の急用の相手は姉夫婦なのだ。もしや義兄は、母親の情報を掴んでいて屋敷を訪ねてきたのかと疑いたくなるくらいだ。そのまま、使用人に母親を引き渡す。
「ベンジャミン、せっかく母が来たというのにこの扱いはなんですか!」
「オーレリアへの謝罪以外、聞くつもりはないよ」
それにもうすぐ薬の専門家である義兄も到着するのだ。ベンジャミンはもはや母親を更正するために手段は選ばないことを決めた。
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