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ひと月後
グレイがカーテンを開ける音がする。まぶたの裏が明るくなり、私は目を開ける。彼の青緑色の目が、私を見ている。
「おはよう」
「……おはよう、グレイ」
「調子はどうだ?」
彼はまず私の脈や体温を診て、それから朝食を作り、私のベッドの横で一緒に食べる。あれからひと月が経ち、私は上半身を起こして自分で食事をとることができるようになった。
私は町の片隅の小屋に、グレイと住んでいる。隣には立派な診療所がある。間もなく、看護師達が出てきて、診療所が開く。グレイは朝から日が落ちるまで、そこで患者を診る。
この町がどういう町か、看護師達が教えてくれた。
ここは魔族や、他国との戦で負傷した者たちが集まってできた町だった。
足をなくした者には、本人の魔力で動く義足を。病の者には薬と治癒魔法を。町には医者が多く、治療に訪れる者が後を絶たないという。
グレイも医者として、毎日忙しくしている。私は彼が診療する間も家にいた。時折、看護師達が様子を見に来てくれた。
そして、彼は毎日、あの杖を治癒魔法をかけてくれた。
日々の生活にも慣れていった。
最初は出された食事の半分も食べられなかったが、量が増えてきた。
ベッドから下りて、看護師の手を借りて立つ練習を始めた。
彼がカーテンを開けに来る前に立って出迎えた時、グレイは「おはよう」といつも通りに言って、でもとても嬉しそうにしていた。
彼が言うには、私はあの瓶の中にいたことで、予想していた通り、魔族の道具になっていたらしい。
「今、だんだんと元の体に戻ろうとしているところだ。何年も道具にされていたから、魔力が抜けて血がきちんと通うようになるまでには時間がかかる。魂はそれ以上に回復が遅い。もっと回復したら、記憶がよみがえる魔法をかける。どうして俺があんたを助けたのか、その時話すよ」
グレイは私の体のことを、そんなふうに語った。
助けてもらって、ここに住まわせてもらって申し訳ない、なにか役に立つことはないかと伝えても「まだまだ、体が回復してから」と相手にされない。
彼は診療所が終わって私と一緒に夕食をとると、その後は何かに取り憑かれたように魔法の研究を続けていた。グレイはひょうひょうとしているようでいて、内面とても真面目で、自分の努力を表に出さない。私にかける治癒魔法と、「記憶がよみがえる魔法」の研究を重ねている。簡単にできるように言ったが、一筋縄ではいかないらしい。
疲れて机で眠る彼に、毛布をかけたこともあった。目の下に薄いくまができているのに気づいて私は息をついた。こんなに尽くしてもらって、それでも私は町の人たちのように、明るく元気に過ごすことはできそうになかった。
そのうち、雨季になった。雨続きの日々は、元気になってきた体を再び弱らせた。城での記憶が勝手に脳裏によぎるようになったのだ。
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