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来客
その夜も雨だった。グレイの周りは日中絶え間なく人がいて、でも夜だけは私と小屋で静かに過ごしていたから、夜に来客があるのは珍しいことだった。
眼帯を着けた、がっしりした大男。
「遅くなった」と一声言って、大男はマントを脱いだ。
「いいえ、ありがとうございます、団長」
誰にでも気さくなグレイが、かしこまる姿を初めて見た。
「ああ、その子が」と「団長」は私に微笑む。グレイは城で「団長と話をつけてきた」と言っていた。その人なんだろう、と記憶を呼び起こす。
先に寝るように言われたが、私はドアのそばに座り込み、聞き耳を立てた。
「皆、お前がいなくて寂しがってるよ、グレイ。半年しっかり働いてくれて
おかげで騎士団の損傷はなかった。礼を言う」
「俺の方こそ、団長には感謝しています。
城の陥落作戦だけに参加するなんて、虫のいい話を受け入れて下さって……。おかげで彼女を助けることができました」
「ああ……」と言ったきり団長は静かになる。なにかを飲む音がして、でもコップを置く音がした後もしばらく沈黙が流れた。
グレイはややあって、「なにか、進展があったからいらしたのでしょう?」と先をうながした。
「城の黒魔術の報告があった。
あまり気持ちのいい話ではないが……」
「覚悟はできています」
「……そうか」
一つ、ため息が聞こえた。
「グレイ、お前の読み通り、城を陥落させるのに地下室の魔法陣破壊は不可欠だった。
魔族が力を供給するための仕組みを魔術師――あの裏切り者が作り上げていた」
「……」
「城に降る雨は、黒魔術がかけられた雨樋を伝い、城内の光景を刻み、殺された者の断末魔を吸い込む。流れた血とともに地下室に集められ、死の間際の様子を少女に見せつける。彼女が嘆くことで魔力が混じった極上の美酒へと熟成され、魔族達の喉を潤していた」
「本当に……胸糞悪い話ですね」
グレイの声には怒りが込められていた。私は別な意味で心が震えていた。地下室、嘆く少女。それは私のことではないか。
「飲むと傷が癒え、力が湧くそうだ。おかげで長年苦戦させられた。
……彼女の具合は?」
「一時期はよかったんですが、また弱ってしまって……この雨季が当時の状況を思い起こさせるのか、目に見えて苦しそうなんです。
あの、治療法は聞き出せましたか?」
深いため息が聞こえた。
「あいつが考えていると思うか? 『人は死んでしまえばそれまでだ。だが生かしておけば有効活用できるからな』と笑ってたらしい」
「……」
「黒魔術に組み込まれ十年は経つ。
可哀想だが、あの少女は長く生きられまい」
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