水滴

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 城の地下、そこに置かれた瓶の中に私はいる。  地下室の天井には、魔法陣が刻まれている。  出口は鉄の扉一つ。鉄格子の(あいだ)から暗い階段が見える。その向こうからわずかに光が入ってくる。それでやっと昼夜の区別がつく。  瓶は四体の彫像に囲まれている。二本足で立つ異形の獣――魔族の彫像だ。  この城は、かつて人間のものだった。急に魔物がやってきて占領されて、私は瓶の中に閉じ込められた。当時のことを、私はよく覚えていない。記憶はもやがかかったようで、その上、天井からの水滴が私に残酷な死を見せる。いくつもの悲鳴と死体が、さらに過去の記憶を塗り潰し、遠く感じさせる。  ただ一つ、心に刻まれていたことがあった。 「これは私のせいだ」ということ。なにかしらの報いを受けているのだ、私は。  日々、天井の魔法陣から瓶へと水滴が落ちる。胸まで()まると魔族が回収しに来る。暗い地下で溜まり続ける天井からの水と、私の涙。なにに使われているんだろうか。はたまた、そのまま捨てているのかもしれない。聞こうにも魔族には言葉が通じない。  ガラスの瓶に映るのは白い髪と同色の生気(せいき)のない瞳。  ずっと何も口にしていない。眠くもないし疲れもない。舌を噛みきる力もない。溜まった水に身体を沈めても死ねなかった。  やっと座れるくらいの瓶の底で、日毎夜毎(ひごとよごと)死の情景を見る。  悲鳴は耳を塞いでも入ってくる。  心がなくなればいいと、思うことすら(むな)しい。  抜け殻のまま、ここにいる。城の一部になったようだ。(よど)み、湿った空気が漂う地下はひたすら静かだ。  なんのために、いつまでここにいるのか、先が見えない。  私は待っている。この虚しい人生の終わりが来るのを。
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