朝焼け

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朝焼け

 彼は城の内部を通り、塔の階段を上っていった。大広間の上に位置するバルコニー。幼い頃走り回った思い出が脳裏をかすめていった。城の向こうに家々が並ぶ様が見渡せるはずだった。今、苔むした石畳の隙間からは草が生えていた。  グレイは、一番眺めがよい場所へ私を連れて行った。 「ほら」  彼が示した先、あまりの光景に圧倒された。  城門の先に並んでいた家の代わりに、黄金の麦畑がぶわぁっ、と一面に広がっていた。それはそれは広大な麦畑で、今のぼったばかりの朝日に照らされ、風に揺れる様は黄金の布が波打つようだった。さわさわと音が風に乗って飛んでくる。心に響く壮大な眺めだった。   「綺麗……」 「ここは魔族に荒らされていたが、取り戻してすぐ、瓦礫を片付け、土地をならして麦を植えたんだ。  あんたが嫌いな雨が、この麦畑を育てたんだ」  私はグレイを見上げた。視線がぶつかる。 「あんたは過去に(あやま)ちを犯した。だけど長い時間をかけて、他者の死にこれほど心を痛めるようになったじゃないか。  本当はもう、わかっているんだろ。人生は最後の一瞬だけで決まらない。  戦士達にはそれまでの人生があった。  そしてあんたには、未来がある」 「……どうして私を助けたの」  今度こそ、答えてもらえる確信があった。  グレイは私を壁際へ運び、下ろした。隣に座り込んで彼は遠くを見る。 「暗い地下、瓶の中に閉じ込められていたあんたを初めて見た時、救いたい、と思った。  俺を救うために、あんたは弱った体で魔法を使ってくれた。命の恩人だ。でもそれだけじゃない。閉じ込められて、逃げることもできないあんたの姿がずっと焼き付いて離れなかった。  助けたい、暗い顔に光が差すのを見たい、陽の下で笑う顔が見たい、そう思った。  だから魔法も医術も身に着けて、生きてきたんだ。あんたを救うのが、俺の生涯の目標だった」  私は、父親が死んでからの彼のことを想像してみた。あの時の少年は、私が瓶の中で過ごした時間、私を助けるために学んでくれていた。遠くから、私を想ってくれていた。一人じゃなかったんだ、と思った。 「本当は、もっと早くに城までたどりつきたかったんだ。だが、俺一人じゃどうしてもできないことだった。  力をつけ、魔族を押し返すほどに戦況が代わった時を見計らって、騎士団の戦力に加えてもらい、ようやく助け出せた。  それからも治癒魔法をかけながら魔術の解析に時間がかかった。『壊すより治す方が難しい、魔法を使う医者になるのは困難な道だ』と親父に言われていたけれど、ここまでとは思わなかった。  遅くなってしまい、すまない」  彼は頭を下げた。すぐに私は「いいえ」と首を振った。 「私は愚かで、自分のことばかりで……それで魔族の力になって、皆を殺してしまった。許されるはずがない」 「あんた一人のせいじゃない。魔族と、あんたを助け出せなかった人々、時間がかかった俺のせいでもある」 「……」 「ルイーザや、町の皆を見ただろう。身体の一部を失った者、心に傷を負った者……全員幸せになっていいと、俺は思うよ」 「……グレイ」  麦達が遠くで、そよそよと光を散らして揺れる。
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