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「あの頃と変わらないな」
予想外の言葉に、私は顔を上げた。
これまでそんな風に話しかけてきた人はいなかった。まるで私のことを知っていて、懐かしむような台詞。今度は、今日こそは、何かが変わるんだろうかと淡い期待が生まれた。
止まっていた思考が動き出す。
――私、彼と会ったことがあるんだろうか。
若者は二十代くらい。これまで見た光景の誰よりも軽装だった。鎧もない、兜もない。荷物と言えば肩にかけた鞄と、手に持っている杖くらいだ。見覚えはなかった。
まじまじと見る私の視線を正面から受け止め、彼は心底嬉しそうに笑った。
「大丈夫、絶対助ける」
彼は杖を両手で握りしめ、正面に掲げた。
青緑の宝玉がついた美しい杖だった。
何事か呟くと、宝玉が光りだした。光は強さを増し、私は目を開けていられなくなる。瓶の外で、風が吹き荒れる。うなりを上げる。
次の瞬間、地響きと共に凄まじい音がした。
見上げると、天井の魔法陣が薄れ、消えていくところだった。
地響きはまだ続いている。
今までびくともしなかった瓶も震える。水面が波立つ。厚い壁から、天井からピシ、ピシとヒビが入る音がする。
壁際の、四体の彫像がそれぞれ動き出した。これまでも彫像は侵入した者を襲い、皆殺しにしてきた。斧や剣を振りかぶり、若者の元へそれぞれ踏み出そうとして……青緑の光が蔓のように全身に絡んだ。脚が止まる。そして。
一瞬の後、何もかもが砕け散った。私は頭を抱えて縮こまる。
「大丈夫。目を開けて」
彼の声に、閉じていた目を見開く。
私は宙に浮いていた。周囲の金の光はまるで繭のよう。繭は瓦礫の山を越え、彼の前へと私を運んだ。
光が消え、私は地面へ降り立った。ひた、と素足に冷たい石の床が触れる。
「行こう」
彼が私の手をとった。あたたかい、血の通った手だった。
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