瓶の外へ

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 城の中は、これまでにない混み具合だった。魔族や人の死体があちこちにあり、それを人間が運んでいく。奥へと進む人もいる。とにかく人が多くて、生きている魔族は一匹も見かけなかった。  やっと城の外に出て、私は荒れた庭の隅に丁寧に()ろされた。かつてはよく手入れされていたであろう草は伸び放題になっていて、痩せた体を優しく受け止めてくれた。  グレイは「少しここでじっとして、待っていてくれ」と急ぎ足で城内に戻った。  動こうにも立ち上がる力はなかった。瓶の外に出た影響だろうか、体から力が抜けていくような感覚があった。あきらめて私はあたりを眺めた。  陽の光が(まぶ)しい。人々の服も、緑も、太陽に照らされた城壁も、なにもかもが色鮮やかで、目がくらみそうだった。  こんなにたくさんの人を、久しぶりに見た。武装した人ばかりで、怪我人も多い。端々(はしばし)の会話から察するに、どうやら魔族が占領していた城を陥落(かんらく)させたらしい。  煙が上がっていると思ったら、魔族の死体が黒い山のごとく積み重ねられ、火葬されていた。ローブ姿の者達がその前で歌っている。  昔どこかで聞いたことがある。言葉を注意深く聞くと、聖なる魔法の詠唱だとわかった。魂が恨みを残さず、浄化されるよう祈っている。子守歌のように聞こえるそれが、心を落ち着かせてくれた。  私、本当にあの地下室から出られたんだ。  もう水滴に苦しめられる日は終わったんだ。  遠くの城門に荷馬車が次々到着する。グレイに似た軽装の者達が城に入っていく。誰もが杖を手にしていた。グレイと同じように魔法を使うのだろう。  見える全てが目新しい。絵画のように思って眺めていると、一人の女性が近づいてきた。鎧を身に着けた戦士だった。足を踏み出すごとに金髪が揺れる。綺麗だ、と思ったけれど表情は固く、目に敵意があった。  最後の方はほとんど走るようにして、彼女は私の前に立った。すらりと剣を抜き、私の頭へと振り下ろし――当たる寸前(すんぜん)、なにかに(はじ)かれた。彼女がよろめきながら後ろに下がり、手から剣が落ちる。 「……グレイ」 「なんのつもりだソフィア。彼女に手を出すな」  グレイが杖を手に、私の前に立っている。後ろ姿でも、怒っているとわかるくらい、声に感情がこもっていた。   「あなたこそ何を考えているの!」  強い口調と共に、彼女は私を指さす。 「。血と魔族のにおいがするじゃない。始末しなきゃ」  まるで物のように言われたけれど、傷つくでもなく、その言葉はすとん、と私の(はら)に落ちた。魔族の道具として扱われてきたのだから、ふさわしい表現だと思った。 「この人は俺が連れて帰る。団長にはさっき話をつけた」 「なんですって?」 「急がないと治療が間に合わない。今日で退団する」  彼は再び私を抱きかかえる。 「怪我人は大勢いるのよ。あなたの治癒魔法が必要よ」 「医者ならどんどん到着する。それに一番死に近いのがこの人だ」  そのまま、グレイは歩き始めた。城の外へと。 「どういうつもりなの? ここまで一緒にやってきたのに……グレイ!!」  呼び戻そうとする声が遠ざかる。  ソフィアという戦士の言う通りだった。瓶から解放されたとはいえ、まるで力の入らないこの体、回らない頭ではグレイが助ける価値もないと思えた。  彼は、いつ私に会ったのだろう。  どうして私を助けたんだろう。  
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