ショートショート ちょっぴりホラーな話 その4新しい家族

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「ママ、今日だっけ?」 「なぁに?」  木製のイスに腰掛けている母は長男の方に振り向いた。 「新しいパパが来るの。」  母の右隣にいる長男は横目で母を見た。 「そうね。仲良くしてね。」 「僕は大丈夫だよ。  今度のパパ、大丈夫かな?」  長男は歯を見せて、少し意地悪そうな表情をした。 「パパ、きっと優しい人よ。」  母は諭すように長男に言った。 「だといいけどね……」  大人びた長男は、すかしたような言い方をした。 「私、なんかドキドキする。」  母の左隣にいる妹が、母の左手をギュッと握りながら言った。 「心配はいらないわ。ママはいつもアーちゃんと一緒よ。」  母も妹の小さな手を握り返した。 「そうさ。みんな一緒だ。ずーっとこの家にいるんだ。」  長男は、妹に兄貴らしさを見せようとして、努めて優しく言った。 「そうよね。ママとお兄ちゃんと私、ずっと一緒。」  妹は自分に言い聞かせるように呟いた。 「これからはパパも一緒よ。」  母は妹の頭を優しく撫でた。 「私、パパがいなくてもいいけど……別に……」 「兄ちゃんだってそう思うけど、1人増えたら賑やかになるし、それはそれでいいかもよ?」  長男は身を乗り出して妹の方を見た。 「うん。そうね。  それじゃあ、楽しみにする。」 「お兄ちゃんもアーちゃんもえらいわ。  パパも喜ぶわよ、きっと。」  母は笑顔を絶やさない。 「いつ来るの?」  妹は母を見上げた。 「もうちょっとじゃないかしら?  夜のはずだから。」 「分かった。」  妹はコクッと頷いた。 ◇  その日の夜。  暗闇の中に一筋の光が差していた。  その光は不規則に揺れている。  どうやら、誰かが手にしている懐中電灯が発する光のようだった。 「あっ!  あれ、パパよ。多分……」  母は光の方を指差した。 「あれがそう?」  子供たちは声を揃えた。  その光は徐々に親子の方に近づいてきた。 「パパが近くに来るまで、声を出さずにじっとしているのよ。  なんて言ったって、サプライズだから。」 「う、うん。」  長男は緊張気味に答えた。  妹はそっと母の陰に隠れた。  懐中電灯を持った人物は、手を伸ばせば触れることができる距離まで親子に近づいた。  そして、その場に立ち止まると、懐中電灯を親子の方に向けた。 「うわっ!眩しいっ!」  兄妹が思わず声を漏らした。  ……次の瞬間、辺りは真っ暗になって、暗闇と静寂が支配した。 ◇  顔に深いしわを刻んだ白髪の老人は、ドアの横にあるタッチパネルにパスワードを入力すると、ロックを解除してドアを開けた。  そのドアには『Gallery Suginome』と書かれていた。  老人は裏の関係者通用口から店内に入ると、奥の事務室のデスクの上にある金属製のトレーの中を確認した。 「ん?日報が無いな……」  画廊のオーナーの老人は独り呟いた。  そして、おもむろにデスクの受話器を取り上げると、どこかに電話を架けた。 「……杉野目だが、昨日の日報が見当たらんようだが……」 「会社にも連絡が無い?  どうなっておるのだ?  昨晩、ちゃんと警備したんだろうな?  安くない費用を支払っているんだ。  変わったこと?  まだ、確認しとらん。  物騒なご時世だ。  預かっている絵画に何かあったらどうする?  そのための警備だ。」  老人は、受話器を置くと、事務室を出てギャラリーに移動した。  天井の高い広めのギャラリーには十数点の絵画が展示されていた。  道端で転んだわが子に怪我が無かったのかを確認する親のように、老人は絵画の1点1点をチェックして歩いた。  大丈夫のようだな……  無くなった絵画はないし、傷が付いたりもしていない。  老人は一安心した。  ん?  その時、視界の端に入った、正面入口の扉に掛けてあるプレートが気になった。  ちょっと、斜めかな。  まあ、この方がこの展覧会の雰囲気には合っているとも言えるか……  そう言いながらも、老人はプレートを真っ直ぐに掛け直した。  老人が掛け直したそのプレートには、『いわくつきの絵画展』と書かれていた。  プレートを直し終えた老人は再びギャラリーの絵画のチェックに戻った。 「おっと!」  老人は歩いている時、何かにつまずいてよろめいた。  何だ?こんなところに……危ないな……  見ると、懐中電灯が床に転がっていた。  その懐中電灯を拾い上げた時、老人は首をかしげた。  ……あれっ?  こんな構図だったかな?  目の前の一枚の絵画をじっと見つめた。  制服を着た警察官のような男が、後ろの方に小さく描かれているな……しかも、恐怖で顔が歪んでいるような……  確か……母子3人を描いた絵画だったはずだがな。  こんな制服の男はいなかったと思ったが……私の記憶違いか……  年は取りたくないものだな。 ◇  純白のマントルピースの前に置かれた、大きな背もたれの椅子に腰掛けた婦人と、その両脇に立っている男の子と女の子の絵画。  マントルピースの陰には制服姿の男性の姿が認められる。  タイトル『母と子の肖像画~湖畔の洋館にて~』 『制作年は不明(1900年頃)。製作者は不詳。  いわく付きの絵画と呼ばれる理由は、過去にこの絵画を鑑賞した成人男性が数名、何の前触れもなく、突然行方不明になったという噂がその理由。  ただし、この絵画を鑑賞したことが行方不明の直接の原因だったのかは定かではない。』
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