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「なんだ、ずいぶん暗い顔をしているじゃないか」
その夜、父が夕食時に声をかけてきた。
丸い銀縁メガネに、ピッチリと7対3に分けられた黒髪。シワひとつないワイシャツは喉元まで閉められ、彼の几帳面さを物語っていた。
そんな父が子煩悩なはずはなく、滅多に僕に話しかけることはなく、今日は夏なのに雪が降るかと思った。
同じく慎ましく生きる母はそれを横目でちらりと確認しただけで、そのまま食事を続けた。
「べつに」
僕がこんな口の聞き方をするのは、初めてだった。けれど、父は、
「そうか」
と、相変わらずの能面ぶりで言った。
僕は心の中で、父を密かに見下した。ちょっと拒絶されただけで、こんなにも容易く、引き下がるなんて、きっと、父は『衝動』というものに駆られたことなんてないんだろう。
そんな薄っぺらい人生で、何を説教できることがあるのか。
しかも、終わったと思いきや、今日は珍しく続けて言葉を発した。
「よしお、友達は大切にするもんだ」
それが、僕の中で怒りの火をつけた。
今、このテーブルをめちゃくちゃにしてしたい。怒りに身を任せて暴れ、友達がおらへん、父さんに何がわかんねん!
と叫んでしまいたいたかった。
真面目そのもののような出立と、いつまでたっても馴染めない東京弁を使う父はいつも村の人からも少し距離を置かれていた。
それに村の人から嫌われる仕事をしているのも僕は知っている。
それが、具体的には何かは知らないが、「お前が来ると、縁起が悪いねん」としたり顔で近所の人が、父をあしらっているのを見たことがある。
そんな父に友達とやらを、とやかく言われたくはなかった。
この苦しみがわかるはずない。
「よしお、どうかしたの?」
「ご馳走様」
僕は何も反抗せずに、席を立つ。
人の心を持ち合わせていなさそうな、父に何を訴えても無駄な気がしたのだ。
とはいえ、僕は静かに布団の中で、吐き気を催しそうな程の、怒りをじっと抱えて丸くなった。
そして、この思いを吐き出す方法が一つしかないことに、ついに腹を括った。
骨を盗むしかなかった。
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