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それから、せいちゃんは風船が萎むかのように、小さくなっていくのだ。
やっぱりこの骨が彼に生気に携わっていたのだと思うと、自分がいかに残忍なことをしているのか、自覚が芽生えた。
しかし、返す気は毛頭ない。
もう僕も龍の骨の虜なのだから。
「よしお。食事の時は、ポケットから手を出しなさい」
父にそう言われて、自分の手が箸を動かすより、骨を弄ってばかりいることに気がついた。
「最近、ずっとそうじゃないか。そのポケットには何が入っているんだい?」
さすがの母も気になったのだろう。食事の手を止めて、僕を見つめている。
「べつに、何も」
「べつに、ということはないだろう。出しなさい」
有無を言わさぬ言い方ではなかったせいもあるが、僕はポケットから手を出そうとはしなかった。見かねた母が僕を促すが、ガンとして手を抜くことはなかく、ただむっつりと食卓を睨んでいた。
すると、思いがけないことに、父が優しく微笑んだのだ。
「よしお、よかったな。
そんなにまで大切なものができて。
人生は思っているより短い。その中で、我を忘れるほどに、心奪われるものに出会えることはなかなかないことだ」
声も言ってることもまるで違うのに、僕はなぜか父と最近のせいちゃんと重なって見えた。
きっと、人生は〜というところが、似ているせいだ。
「それがお前にとって特別なら、大切にしなさい」
と父が言った。
そう言われると、僕の中でこれを自慢したいという気持ちが、むくむくと
湧いてきた。
そうだ。この貴重なものを、何も独り占めすることはない。
せいちゃんと違って、父と母はけして息子の大切なものを横取りしたりはしないだろうから、この特別なものを愛でるチャンスくらいはあってもいいんだ。
考えを改めた僕は、ポケットから左手を引き抜き、握り拳のまま、食卓の上に突き出した。
両親は驚いたが、すぐに身を乗り出して、僕の手を見つめる。
そして、僕はまるで睡蓮の花が開くように、ゆっくりと指を伸ばした。
「これは?」
眉を寄せ、戸惑う父の声が僕の自尊心をくすぐった。
二人ともこれが何なのかわからないのだ。
「龍の骨だよ」
「りゅう?」
僕がせいちゃんに、これを見せられた時と同じ反応を母がするので、おかしくて笑ってしまう。
「そうだよ。龍の骨」
「よしお、どこで手に入れた」
え?
僕は耳を疑った。
父の声が怒りで震えている。
「これをどこで手に入れた。って聞いてるんだ!!」
今まで聞いたことのない父の怒号。僕はたちまちに震え上がり、正直に口を割った。
「せいちゃんから取った」
その瞬間、僕の体が横に飛んだ。
父が思いっきり平手打ちをして、僕の体は軽々と吹っ飛ばされたのだ。
椅子から落ち、頬は焼けるように熱く、頭はがんがんと鳴り、口から血の味がした。
僕はあまりの衝撃に涙をぽろぽろと零し、大口を開けて泣いた。
母は慌てて僕に駆け寄ると、優しい手で、痛む場所を撫でてくれた。そして、一体何があったのかと、父に詰め寄る。父は今まで見たことないくらい苦しそうな顔で、ボソボソと母に何かを話した。彼らが何を話しているのか、僕は自分の泣き声で聞こえなかったが、それまで父を責めるような顔付きだった母が一変して、真っ青になっなり、僕には目もくれず、すぐさま電話のある廊下へと走って行った。
泣いている僕と、頭をかかえる父が残され、地獄の時間が流れた。
遠くで雷が鳴っている。
秋の嵐がすぐそこまで来ていて、龍が空を駆けていそうな真っ暗な夜だった。
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