ひみつのおみやげ

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ひみつのおみやげ

 小学校2年生の時でした。  ある日の朝のHR、私のクラスの担任だったAという女の先生が、「みなさんにおみやげがあります」と言って、クラス全員に小さなお菓子を配ってくれました。  そのお菓子は小さなスポンジケーキのようなもので、黄色の包装紙に包まれていました。  「先生、どこかに旅行に行ってきたんですか?」  クラスの男子の1人が、手を挙げて先生に質問しました。  「そうよ。※※に行ってきたの」  先生は、隣の県にある有名な観光地の名前を口にしました。  それを聞いて、私はおや?と思いました。※※という名前を、つい最近どこかで耳にしたような…そんな気がしたからです。  「あ、これ美味しい」  しかし、周りの友達が先生から貰ったお菓子を美味しそうに食べているのを見て、そんな疑問はどこかへ行ってしまいました。私も遅れまいと、いそいそと包装紙を破ってお菓子を口にします。中にはカスタードが入っていて、とても甘くて美味しかったことを憶えています。学校で、しかも朝からお菓子を食べられるという特別感が、そのお菓子をとりわけ美味しく感じさせてくれたのかもしれませんね。あれからもう何年も経っているのに、私は未だにあのお菓子をもう一度食べたいと思うことがあるんですよ。  ・・・すみません、話が逸れてしまいました。  『あのこと』の発端は、その日の放課後に起こりました。  「※※さん、ちょっといいかしら?」  放課後、帰宅しようとしていた所を、先生に呼び止められました。  私が「何ですか?」と言って近づくと、先生はイタズラっぽい笑みを浮かべ、私の胸ポケットに、薄いピンク色の手紙をそっと差し込んできました。  私はきょとんすることしか出来ませんでした。これは何ですか?と尋ねる前に、先生は唇に人差し指を当て、  「コレはね、ひみつのおみやげ。※※ちゃんは、お勉強をいっぱい頑張っているから、先生からの特別なご褒美よ」  と、言いました。  私は、特別、という言葉に、一瞬だけ高揚しましたが、それ以上に、強い疑問符が頭に浮かびました。  私は、とくに勉強ができる生徒ではなかったのです。  むしろ出来ない方でしたし、勉強を頑張っている方でもありません。  それなのに、どうして先生はそんなことを言うのだろう?  私の困惑をよそに、先生は続けます。  「そのおみやげは、他の子には絶対に見せちゃダメよ? ※※ちゃんだけずるいって言われちゃうからね。コレは、※※ちゃんがお家に帰ってから、お父さんとお母さんの前で開けなさい」  「何でパパとママの前で開けないといけないんですか?」  「開ければ分かるわ」  どういうことだろう? 私は小首を傾げましたが、それ以上何も言ってはくれませんでした。先生は意味深な笑みを浮かべたまま、背を向けて教室を出て行ってしまいました。  私は『ひみつのおみやげ』が入った胸ポケットを押さえたまま、しばらく教室で1人立ち尽くしていました。  帰宅後。  私は先生に言われた通り、両親が揃ってから『ひみつのおみやげ』を2人に見せました。  貰った経緯を説明すると、2人はとても喜んでくれました。口々に褒めてくれる両親の前で、「私って、ホントはぜんぜん勉強出来ないのにな」と、1人申し訳ない気持ちでいたことを覚えています。  「それじゃあ、さっそく開けてみましょうか?」  「何が出るかなぁ〜」  手紙を開封する役は、私に委ねられました。糊付けされた封を剥がし、中に手を入れます。そこには何枚かの厚めの紙切れが入っており、私は取り出してそれを見やります。  中にあったのは、数枚の写真でした。  それが何なのか分からなくて、私は思い切り眉根を寄せてしまいました。そして、父親の方を見やり、  「ねえ、どうしてパパと先生が、裸で抱き合っているの?」  と、言いました。           ※  ええ、そうです。はい。  私の父とその女性教師は、不倫関係にあったんです。  先生がおみやげを配る時、「※※に行ってきた」と言った際、私が既視感を覚えたのは、父が先日まで仕事で赴いていた主張先だったからです。実際には出張などではなく、先生に遭うための嘘だったのだと、私はかなり後になってから聞かされました。  その秘密の不倫旅行の際、先生は父から別れを切り出されたそうです。  私の胸ポケットに入れた『ひみつのおみやげ』は、その仕返しだったのでしょう。  両親はいろいろな事情から離婚には至りませんでしたが、先生は翌日から学校に来なくなりました。教師を辞めたのか、はたまた別の学校に赴任したのかは定かではありませんが、あの人は2度と私の前に現れることはありませんでした。  あれからもう何年も経ちました。  小学生の頃のことなんて、あやふやな記憶ばかりなのに、あの時のことだけは今でも鮮明に憶えています。  先生の顔。  思い詰めて思い詰めて、行ってはいけないその先に行ってしまった女の顔。  あの顔を思い出すたび、こう思うんです。  ああ、私と同じだな、って。  ・・・はい。そうです。  殺した女の子の胸ポケットに、あの男との行為が映った写真を入れたのは、それが理由です。  先生は優しい人だったんでしょう。  でも、私は先生ほど優しくありません。  あの女の子が、素直にあの男と奥さんの前で写真を見せてくれるのか? その自信が私にはありませんでした。あの子が、奥さんではなく、あの男だけに写真を見せたら? そうしたら、あの卑劣な男のことです。黙って写真を破り捨てて、知らん顔をするに決まっています。それだけは絶対に許せません。だから、絶対に失敗しない方法を取ることにしたんです。そうです。  だから、殺したんです。  そうすれば、絶対にあの男と奥さんは写真を見てくれるから。  私は、そうしなければいけなかったんですよ。  あの子には、本当に申し訳ないことをしました。  ええ。  本当に、そう思っています。                  <了>
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