もう、出てくるな

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何をやっても平凡な僕だが、一つだけ、生まれた時から使える特殊能力がある。 それは、ズボンでも胸ポケットでもなんでもいいから、「ポケット」を無限の広さにできることだ。無限とはいえ、僕が取り出したいものをイメージすれば、ちゃんと取り出すことが出来る。特殊能力と名がつく割には地味だと思うかもしれないが、この能力は些細な場面で大変役に立つ。 例えば、入社中の満員電車。誰もが自分の荷物に潰されそうになっている中、鞄をポケットに入れられる僕は、比較的悠々自適に電車内で過ごすことが出来る。 学生時代には、持ち物検査で不都合なものは全て隠すことが出来たし、カンニングペーパーを直前までしまっておいて開始と同時に取りだし、バレそうになったら再び戻したこともある。使い道次第では、「空を飛ぶ」とか「光線を発射する」とかいった、格好は着くが用途が限られている能力より余程使い勝手がいい。 そんな僕だが、最近とある疑問を感じていてね。高校一年生の頃だったかな、愛読していた卑猥な本をーーー男でなくとも分かるだろうーーー親にバレないようポケットに入れていたんだ。ただ、その後すぐ別の本に興味が移ってね、その本のことをしばらく忘れていたんだよ。 思い出したのはつい最近、その本の表紙で水着姿をしていた女性が行方不明になったというニュースを見た時だ。今どき行方不明だなんて、しかも首都東京で、なんとも不可解だななんて思いながら、そういえば昔この女優好きで写真集を買っていたな、ちょっと探してみようって。幸か不幸か、近頃実家を売却したもんで、君も知っているだろう、お気に入りの服をいくつかこっちに持ってきていたんだ。今思うと、その時、君に対して詳しく思い出話をしてしまったのも、良くなかったのかもな。話を戻して、もう十数年着ていない、すね毛を隠すために買ったブカブカのズボンを取りだして、ーーー実母が整理したのか、随分時間がかかったがーーーポケットに念じたんだ。するとあら不思議、どれだけ待っても写真集が出てこないんだ。こんなことはこれまでなかった。僕は呆気に取られた。自分にある唯一無二の能力が突如失われたんだ、それは焦るよね。慌てて僕は実験した。適当に机にころがってるボールペンをポケットに突っ込んで、ガッと腕を押し込み、手を握りしめて念じる。すると拍子抜け。ボールペンはしっかり出てきた。あの写真集だけ例外だったのか?条件は何だ? 思いつくとしたら時間だ。ところが、同時期にもしものために入れて置いたコンドームを念じてみたら、やはり出てくる。途方に暮れたね。それと同時に、あの写真集だけ特別だったんだと自分を無理やり納得させた。その日からは、目をそらすように、普通に生きてきたんだ。 数学の難問と同じで、解答を知ると容易に分かりそうだが、そうでないと意外と気が付かない落とし穴というのは確かに存在する。 そう、能力者は僕だけではなかったんだ。 当時、有田由紀を知る高校生は少なかった。女性で、しかも君が自分から知るよしは無いだろうから、どこかのスケベが熱弁していたのを、つい聞いてしまったのかもしれないね。まるで運命じゃないか?お互いが高校生の頃から知っていたマイナー女優がきっかけで、こんなことになるなんて。 とにかく、結果的に、僕は彼女との不倫に及んだ。なかなかバレないように工夫していた自負はあるが、探偵でも雇ったのか、君は気が付いたようだね。君以外の女性なら、私を問い詰めて慰謝料を請求するか、泣きながら彼女の連絡先を消して、監獄同然の生活を強要するんだろう。 だが、能力を持っている君であれば、もっと恐ろしいことができるよね。まず君は、彼女と僕を繋いだきっかけである写真集を探した。これ自体は、そこまで難しくもなかっただろう。ただ、もちろん君の怒りはこんなものでは収まらない。 ああ、あれは、結婚一年目にハロウィンで君がした、ドラえもんのコスプレだ。彼女にインスタのDMを通じて不貞の写真を送り付けた君は、どうにか家に呼び寄せることに成功した。そして、芳しい紅茶に混ぜた睡眠薬で意識を奪い、眠ったところで、彼女の頭をポケットに突っ込んだ。重力の効果で、彼女の全身は無限に吸い込まれ、跡形もなく消えた。文字通りの行方不明となったんだ。スマホも消えたから、DMの証拠もない。当然姿をカモフラージュしているし、たまたま僕らのマンションの防犯カメラが確認されることなどありえない。文字通りの完全犯罪が誕生したわけだ。おめでとう。 君はどうやら、僕に報復するつもりはないらしい。ただ、僕の気持ちは既に由紀に向いていてね。すまないが、君が由紀に勝っているところなんて、テレビ裏の掃除くらいだ。おっと、間違っても気を良くするなよ。褒めるところがないという意味の皮肉だ。高卒のきみのために、個体しだいではサルでもわかることを説明してあげる僕って、なんて優しいんだろうな。 話が逸れたが、僕が言いたいのは、由紀をさっさと取り出して、僕と離婚して欲しいということだ。実家が太いという理由で渋々一緒になってやっただけで、家事もろくにできず、見た目に気も使えず、極めつけにセックスがとことん下手。フェラなんて、毛を食いすぎて息が出来なくなって、感じるべきなのに思わず笑ってしまったよ。 紅茶もなんだか苦いし。あんなに入れ方を教えてやっ
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