ポケットにミニクンがいます。

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 いつもより少し早く目覚めた私は、カフェオレが飲みたくてコーヒーを淹れる。牛乳を冷蔵庫から取り出すとマグカップに注ぎ、いつものように電子レンジの扉を開けた。ん?なかにキッチンで使っているタオルが入っている。 「あれ、入れっぱなしだったかな?」  よ~く見ると 「うわ!何?」  タオルが急に動いた!  眼鏡をかけてじっくり見る。  半分に折られたタオルの間に……何かがいる。もっと顔を近づけてよく見ると……。 「人だ!人がいる!」   思わず私は大きな声をあげた。 「お、おはよう!早いんじゃないか?」  ちっちゃい人がしゃべった!  タオルを布団代わりにしていたらしく、体にタオルをかけたまま上半身を起こした。 「だ、誰?」 「誰って、よ~く見てみなよ」 「え~、怖いよ~」 「なんだよ、俺を怖いだなんて。手を出して」 「え~、だって……」 「いいから、手!」  私は電子レンジのなかに手を入れた。すると、その『人』は、私の手のひらに『よいっしょ』と乗ってきた。  私の手のひらサイズのそのちっちゃい人を、目の前でじっと見る。 「彼クン!」 「やっとわかったか」  その小さい人は私の最愛なる『彼氏』のそっくりさんだ。 「なんだよ、怖いって。酷いな~」 「ご、ごめんね。どうしてここにいるの?」 「昨日、俺が帰るときに初めて『さびしい』って言っただろ?だから、あいつのミニチュアになってここに残ったんだ。これでさびしくないだろ?」 「え、さびしくはないけれど……怖い」 「まったく~。失礼な奴だな~。怖くないって。俺なんだから」 「だって小さいよ。彼クンはどうしたの?」 「いつものように仕事をしてるよ。いつも忙しくてさびしい思いをさせてごめんな。これからはここにいるからな」 「あ、ありがとう……」 「ただ、小さいからできるのは頭脳関係だけだよ」 「うん、それで充分よ。ありがとう。いつも私が彼クンに求めているのは、的確なアドバイスだから」 「君は優柔不断だし、やっと出した答えが世間とずれていたりするから、こっちもひやひやする。ほんと心配だよ」 「ご心配ありがとう。牛乳を温めたいから電子レンジ使いたいの」 「あ、俺も!パンと牛乳!」 「は~い!」  私は普段と変わらず返事をする。 「ミニクン、って呼ぶね」 「了解!」  ミニクンはテーブルの上に胡坐(あぐら)をかき食事を摂る。 「ずっとタオルを巻いているけれど、その下はどうなっているの?」 「裸だよ」 「え~、それは困るわね」 「何かないか?」 「そうだ!」  私は仕事部屋へ行き、趣味で作っている人形の服を持って来る。 「これ、お人形の服の試作品なんだけど、どうかしら?とりあえず、ズボンとシャツ」 「お、いいんじゃないか?どれ、どれ、着てみよう」  ミニクンは試着すると、手をズボンのポケットに入れて、モデルのようなポーズをとった。それがあまりにもおもしろくて笑ってしまう。 「アハハ~おもしろい!」 「かっこいいだろ~、これ気に入った」 「良かった。着替えもあるからね。ねえ、私が出かけるときはどうするの?」 「ああ、アッチに仕事のためのアイディアを送りたいからここにいるよ。君のスマホ貸してくれ。でも、たまに一緒に出かけるよう」 「うん、わかった。アイディアを送るなんて、凄い技ができるのね」  彼クンの仕事は大学の先生なので、いつも頭のなかがいそがしい。  WEBデザイナーの私は、家で仕事をしているか、街に出かけ流行をリサーチしている。  今日は家で企画を考える予定だ。  ミニクンの様子を伺うと、私のスマホ専用のペンでスマホを操作している。全身を使わなければならないので大変そう。  お昼前になってスマホがメッセージの着信を知らせた。チェックしてみると彼クンからだ。 『寝坊した!もうこんな時間なんだな!なんか起きられなかったんだ』 『おはよう。昨日のデートで疲れちゃった?今日も一日頑張って!応援してるわ』  私はいつもと同じようなメッセージを返信した。 「彼クン寝坊だって。珍しいわね」 「俺がこっちにいるからパワー不足で疲れるのかもな」 「そっか~。何だかかわいそう……」  私達はこんな会話をして、またすぐにそれぞれがやっていたことに戻る。  あっという間に夜になり、ごはんを食べるといっしょにお風呂に入る。(ミニクンは私の手のひらだけど) 「さて、寝よっか」 「なんでニヤニヤしてるんだ?」 「だって、ひとりじゃないって、安心するんだもん」 「ごめんな、いつもさびしいよな?」 「うん、とってもね」 「それに俺は、小さいし」 「小さくても彼クンなんでしょ?いてくれて嬉しい。熟睡できそうよ。おやすみなさい」 「うん、おやすみ」  私はミニクンを潰さないように気を付けながら寝る。    翌朝、鼻の辺りがむず痒くて目が覚めた。右手の人差し指で鼻の下をこすると、今度は指が痒くなった。もう片方の手で掻こうとすると 「起きなさい!」  と、彼クンの声が聞こえた。あれ、彼クン、夕べ泊ったっけ?私はまだ完全に開かない目をどうにか少し開けて隣を見た。誰もいない。 「夢見てたんだっけ」 「なんだ、わすれちゃったのか?俺だよ。ミニクンだよ」  ミニクンは私の鼻の上にバランス良く立って偉そうにしている。その姿を見て私は思い出した。 「そうだったね~。ミニクンがいてくれたんだ!」 「よく眠れたか?」 「うん。久しぶりにぐっすりと。お酒がなくてこんなに眠れるなんてどのくらいぶりかしら。ミニクンのおかげだわ。ありがとう」 「お、責務を果たせて良かった」 「ハハハハハハ~」  小さくても喋り方や表情は彼クンそのもの。大好きな彼クンがいてくれることが嬉しい。 「今日ね、午後から買い物とネタ探しに出かけたいんだけど、良いかしら?」 「俺も一緒に行くよ。ポケットに入って行く」 「うん!デートだね」   着替えて、化粧をして、コートを着ると、ミニクンを私のコートのポケットに入れた。 外に出ると雪が降っていた。  私はポケットに手を入れると、ミニクンは私の手をくすぐった。 「アハハ、くすぐったい。雪が降ってるけど寒くない?」 「お、雪か~どれどれ」 ミニクンがポケットから顔を出す。 「寒い!お~、雪だあ~。なんかいいじゃん。ポケットのなかがあったかいから、雪景色の風情を楽しめるのかもな」 「積もりそうだね」 「積雪5年ぶりだって。アッチの呟きが聞こえたよ」 「そんな技を持っているのね」 「まあ、いろいろとな」  街は雪を楽しむ人たちであふれていた。  雑貨屋さんに行って流行りの物をチェックする。 「このマグカップ大きくてかわいい!」  私が水色のマグカップを手に取ると、ミニクンはポケットから顔半分を出して見てくれる。 「なんか、俺のお風呂にちょうど良さそう」 「ハハハ~、本当ね」 流行のファッションをチェックする。 「こういうオーバーサイズの流行が続いているのよね。ロング丈も続くのか~」 「嫌なのか?」  ポケットのなかを覗くと、ミニクンが横になって、リラックスしながらしゃべってる。 「私の体にオーバーサイズは合わないの」 「たしかに君には似合わないな。痩せだからな」 「でしょ?流行ものが似合う人は羨ましいわ」 ポケットのなかのミニクンを覗き見ると、うとうとしていた。私の歩く揺れが心地よいのかもしれない。ミニクンから声がかかるまで流行チェックを楽しむことにしよう。 ハンドソープや除菌グッズは今でも人気のようだ。バッグにちょっと入れられるような小さくてかわいいデザインのものと、ママが子供のために使うたくさん入っているタイプのものが目につく。  ファッションに雑貨。これくらいできょうのネタ探しは大丈夫かな。  ノックするようにポケットを軽くたたいてミニクンを起こす。 「あ~、すっかり寝てた~。どうした?」 「晩ごはん何がいい?」 「お、ピッツァにしよう」 「了解」 スーパーで買い物をして、行きつけのイタリアンでピッツァをテイクアウトすると、いつものように大荷物になった。  気をつけて、気をつけて、駅の階段を降りる。が……。 『すって~ん!』  階段を踏み外し、転んだ。  周りの人が振り返り私を見た。が、あえて何も言わないでいてくれる。荷物をぶちまけていないので、知らんぷりしてくれた方が恥ずかしくなくて良い。  あ、ミニクン! 「ミニクン!大丈夫?ごめん、転んだ」 「おお、ケガは?大丈夫か?いきなりでびっくりしたけど、俺はポケットの生地につかまってお落ちないようにしたから大丈夫だ」 「よかった~けがしてなくて」  家に帰ると、ミニクンをポケットから出して、すぐにお風呂のスイッチを押した。 「寒い!早く入りたいね。ミニクン先に洗面器のお風呂に入ってる?」 「おお、そうするよ」 ミニクンの洗面器風呂はすぐにお湯が溜まって便利だ。 「お~、あったかい!脚大丈夫か?」 「あ~、すねが赤くなっている。血は出ていないけれどかなり腫れてる」  シャワーでていねいに洗いながら冷やす。ついでに全身を洗うとだんだん気持ちが落ち着いてきた。ちょうどお風呂が沸いた。 「階段から落ちるなんて、ドジだなあ。危ない、気をつけなさい」 「は~い……」  お風呂で泳ぎ始めたミニクンに怒られた。 「泳ぐの上手ね~」 「特技」 「初耳~」  お風呂をあがると脚に薬を塗る。 「ごめんな、小さくて。見ているだけで何もしてやれない」 「ううん、いてくれるだけで良いよ。ミニクンが心配して寄り添ってくれているから、あんまり痛く感じないよ」  落ち着くと、買って来たピッツァをふたりで食べ始める。冷めても美味しいピッツァが、私とミニクンを笑顔にしてくれる。  それからふたりで抱き合って寝る。と言いたいところだけれど、小さすぎるミニクンは私の肩のところにいる。それでも好きな人と寝るって心地いい。これが本当の彼クンなら最高に良いのにな。腕のなかにすっぽり包まれて寝ちゃうんだけどな……。  翌朝、メッセージの着信音で目が覚めた。彼クンからだ。 『二日続けて君と寝ている夢を見たよ。潜在意識で早く会いたいみたいだ。明後日行けるけど……』 『大歓迎!』 『じゃあ、明後日』 『承知いたしました!』  私は嬉しさいっぱいで返信した。 「彼クン明後日来るって!」 「そんなに嬉しそうな顔して~。いつもそうなってるのか?」 「たぶんね!」    二日後、彼クンが来た。リビングルームに顔を出すとミニクンは彼クンの鼻にヒョイと入った。  彼クンは鼻にむず痒さを感じたらしく、鼻をつまみ、指を動かし始めた。 「会いたかったよ」 「嬉しい!私も会いたかった」  でも、ミニクンと暮らしている私の顔は、どこか嘘っぽかったらしく、疑いの目で私に聞く。 「どうしてにやけてるの?」 「にやけてないわよ」 「いいや、いつもと違う。嬉しくないの?それとも……隠しごと?」  スルドイ!そう、彼クンは私の心を見抜いてしまう能力がある。それとも愛しあってるから以心伝心? 「ううん、隠しごとなんてあるわけないじゃない。気のせいよ。本当に会えて嬉しい」 「うん、それなら良いけど……俺の思い過ごしかな~。あ、コーヒー淹れて」 「はい、喜んで!」  にやけた顔をこれ以上見られないように、私はキッチンに立った。  コーヒーの良い匂いがリビングルームに漂う。少し濃いめが彼クンの好み。 「はい、どうぞ。美味しく淹れましたよ~」 「あ、ありがとう」  ふたりでソファに座り、コーヒーを飲み始めると、彼クンが私の顔を見ながら話し始めた。 「俺さ、この間ここから帰った直後から、何となく気もちに張りがなくてさ~、体調もモチベーションもなんだかな~。って感じなんだ」 「そうなんだ……私としては会いたくなってくれるみたいで嬉しいけどね~」 「そっか。そう言ってくれるなら、まあ、良いか」 『なんだか弱々しくなっちゃってる。ミニクンの影響が出ちゃっているのかも!心配』心のなかで呟く。 「あ、でも、大好きな彼女の顔を見たら元気になってきたぞ!仕事しても良いか?」 「もちろん、どうぞ~」 「仕事セット持って来て良かった!」  彼クンはパソコンをテーブルの上におくと、カタカタとキーボードを打ち始めた。その横顔を眺めていると、愛しくなって、おもわず頬にキスをした。リズミカルなバードキスを何度も何度もしたけれど、彼クンは無反応で私にされるがままだ。すっかり仕事モードになっているらしい。  じゃまをしないように、隣の部屋に移動して、フェルト人形のドレス作りを始めることにした。    何時間か作業を続けると、リビングルームから 「あ~」  という、彼クンが伸びをした声が聞こえてきた。ひと段落ついたみたい。 私は作業の手を止めて立ち上がり、リビングルームのドアを開けた。 「お疲れ様」 「うん。隣においで」 「うん」 「何か作ってたのか?」 「頼まれていた人形のドレスよ」 「今日はこれで仕事は終わりにしようっか」 「うん、そうね」  私達は好きな音楽を聴きながらおしゃべりをしたり、DVDを見たりして、幸せな時間を過ごした。  彼クンの帰りの時間になるとミニクンが彼クンの鼻から出る。はずが……彼クンが早々とマスクをしてしまった!  私は声を出せずに彼クンを見つめてしまう。 「ん?どうした?」  その時、 「ハクション!」  彼クンが大きなくしゃみをした。  どうやらミニクンが彼クンの鼻をなかからくすぐったらしい。 「う~、なんだ?鼻のなかがむず痒い。あ~、マスク濡れた~。新しいマスク頂戴」 「うん」  彼クンがマスクを外すと、ミニクンが彼クンの鼻から顔を出した。 「ハクション!」  彼クンがもう一回くしゃみをした。  ミニクンが大きくジャンプをして、私のワンピースの胸ポケットに入り込んだ。上から覗き込むと、ミニクンは笑っていた。私は笑顔で応える。 「あ~、どうしたんだろう。風邪かな~」  彼クンが心配そうに鼻をかむ。 「違うんじゃない?ハウスダストかも」 「ああ、そうかもな」 「はい、新しいマスク、どうぞ」 「あ、ありがとう」 「気をつけて帰ってね~。バイバイ!」 「笑顔?さびしそうにしてくれないんだ……やっぱり、なんかきょうはいつもと違うんだよな~」 「そんなことないわよ。またね」  私の笑顔とことばに、彼クンは首を傾げながら玄関ドアを開けて帰って行った。  彼クンが帰宅してすぐにメッセージが来た。『今、部屋に入ったところ。帰って来たらなんか急にモチベーションが下がったよ』 『どうしたのかしら。でも、あなたなら大丈夫よ。お仕事頑張って。時間が出来たらいつでも来てね。まってるわ』  私はこう返信した。 「アイツ、どうしたって?」 「急にモチベーションが下がったんだって。ミニクンがここにいるから、パワーが足りないのね」 「たぶんそうだな。まあ仕方がないよ。俺が戻れば君がさびしがる」 「そうよ~。ここにいてね」 「うん。任せて!」 「ハハハハハハ~」  私とミニクンは大笑いした。  次の日、また彼クンが来た。  ミニクンはあわてて彼クンの鼻に入る。 「珍しいわね。電話もメッセージしないで来るなんて」 「うん。近くまで来たから」 「近く?近くって?」 「え……と。ハハハ……なんか、さびしくて会いたくなったんだ」  彼クンは恥ずかしそうだ。  その日から彼クンが毎日来るようになった。私を求めてくれる気持ちが大きくなったようで嬉しい。ミニクンは出入りがいそがしい。 「家にひとりでいるより、ここにいる方が落ち着くし、仕事に精が出るんだ。何なんだろう……ふたりでいるからかな」 「もちろん、私がいるからでしょ~。私もふたりでいられて嬉しい」 「そんな風にはっきり言ってくれると嬉しいなあ」 「良かったら、ずっといて」 「うん、そうだな」 「とっても好き」 「お~、やっと言ってくれるようになったね」 「恥ずかしくて、言えなかったの」 「俺も大好きだよ。いっしょにいると、パワー全開になるよ」    こうして、彼クンもうちにいるようになった。  ミニクンは彼クンが寝た後に、彼クンの鼻からひょっこり出て来て、私と楽しく過ごす。 「俺にも好きって言ってよ」 「ハハハ~、ミニクン好きよ。彼クンの次にね!」 「まあ、しかたないか……どっちも俺だ」 「そうそう、人形のドレスの試作品、着てみてくれる?」 「おお、いいぞ~」 赤いドレスを着ているミニくんは似合わなくておもしろい。 「サイズは良いみたいだけど、男性にこのドレスは気もち悪いわね」 「そんなことないわよ。私にぴったりよ」  ミニクンは急に女性の言葉を使い出すと、踊り始めた 「おもしろすぎるよ~」  私はお腹を抱えて笑った。こんなに笑ったのはいつぶりくらいだろう。またこんなに笑えるなんて嬉しい。  今、私のうちには、最愛の彼クンと、彼クンのミニチュアのミニクンがいる。私達はとっても幸せで、パワー全開の毎日を過ごしている。アラフォーの私が「さびしい」って言うなんて恥ずかしいと思ったけれど、勇気を出して大好きな彼クンに素直に甘えて良かった。幸せとパワーをもらえたから。 お出かけのときは私のポケットがミニクンの部屋。 「ミニクン、きょうはどこに行く?」 「本屋に行こう!」 きょうもミニクンはポケットのなかから顔を半分出して、私とデートをしてくれる。
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