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何もかもが馬鹿げた話かも知れない。
けれど、信じる人が居れば、それは途端に現実味を帯びて、鮮やかに色づいていく。
私は涙が溢れて言葉にならず、ただ何度も頷いてみせた。
「良かった。じゃ当日、待ってるね」
私は深く頷いた後、駿さんに問いかける。
「あの、駿さん……。えっと……指は……もうギターは弾けるようになったんですか?」
「あぁ、うん。すっげぇリハビリ頑張った!
前のようにはまだ弾けないけど、何とかね……」
駿さんは、苦笑いをしながら、私の前に両腕を突き出し、手を開いたり握ったりしてみせた。
「奏詞が居なくなって、ライブはもうできないけど、あいつが作ったフェスでやる予定だった未発表の数曲、デモの声と俺らの演奏で、何とかCDにして遺そうな! ってメンバーで話し合ったんだ。
だから、ギターの演奏能力、取り戻さないと……と思ってね」
駿さんたちの想いが胸に沁みた。
想いを引き継いでくれる仲間がいて、彼はきっと幸せだ。
駿さんが私を待っていた時、一緒にいた紗季は、気を利かせて駅への道を帰って行った。
「心配だから一緒に行ってあげたいし、本当は私も彼の歌、聴きたいよ。でもね、彼は約束を果たしに来るんだから、それはあなたが受け止めてあげなきゃ。
それに駿さん、言ったんでしょ?『五分間を君の為に使いたいんだと思う』って」
「うん。その『五分間』の意味はよく分からないんだけど……」
「それなら、尚更私は居ない方がいいと思うのよ。五分間で、何が起こるのか全く分からないけど……。
でも、もし……もしもよ、帰り道に辛くなったら、連絡して。私、迎えに行くから」
後で電話で報告した私に、紗季はそう言った。
『馬鹿げた話』だと笑わずに、私の気持ちに寄り添って背中を押してくれた。
こんな友がいて、私も幸せだ。
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