腰布画家ダニエル

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「先生、今回の教皇様のご依頼はお引き受けになるのですか」 「ああ、ダニエル。やっと構想が固まったよ。システィーナ礼拝堂の天井画を完成させたのは一五二四年、私が四十九歳のときであった。あれから十年経った。今こそ、天地創造に続く最後の審判のテーマを描くにふさわしいときだ」  一五三四年、ミケランジェロは教皇クレメンス七世から、システィーナ礼拝堂の正面の大壁画に、最後の審判を描くよう依頼された。完成までに六年の月日を費やした大事業であった。  ミケランジェロが実際にその作業に着手した一五三五年に、クレメンス七世は死去し、その後を継いだのがパウルス三世であった。  『最後の審判』が完成に近づいたころ、パウルス三世は部下の教皇庁儀典長ピアージオを伴ってシスティーナ礼拝堂の制作現場を訪れた。  縦十三メートル、横十二メートルの巨大な壁画には、キリストと聖母マリアを中心に、四百人もの人物が描かれていた。しかも、マリアを除くと、老いも若きも男も女も、筋骨隆々たる裸体ばかりであった。ここにはキリストの再臨と全人類に対する神による最後の裁きが描かれている。上部は天国の住人たち、下部では左側上には救われた者が昇天し、右側下には呪われた者が落ちて行く姿が迫力をもって描かれていた。 「教皇さま、これは礼拝堂にはふさわしくありません。下品であります。この裸の乱舞を見たら会衆は腰を抜かしますぞ」  儀典長ピアージオはここぞとばかりにけなした。ダニエルは抗弁したいのをぐっとこらえた。師のミケランジェロが黙っている以上自分が出しゃばるわけにはいかない。でも、芸術のげの字もわからぬ俗物が教皇の次の位の儀典長だとは世も末だ、と心の中で毒づいた。  やがて、二人が帰ったあとミケランジェロがダニエルに言った。 「ダニエルよ。おまえも大人になったな。あの儀典長の無礼な振る舞いをよく我慢した」
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