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「教皇庁の中には『最後の審判』を破壊すべきと言う者もいたが、それは抑えた。何しろ、世紀の天才であるミケランジェロの作は何物にも代えがたい物じゃ。壊してしまえば二度と生まれることはない。だがな、非難をこれ以上抑えることもできぬ。そこでそちに頼みがある」
「何でございますか」
「画面の裸の者の腰にすべて布をつけてほしいのだ」
ダニエルは絶句した。それは師の絵を破壊するにも等しい仕業になってしまう。だけど、自分が断れば、もっと腕前の劣る者やミケランジェロを妬ましく思っている者が引き受けるであろう。そうしたら、事態はもっとひどくなる。ここは自分の出番だ。
「教皇様、この話、引き受けさせていただきます」
その日以来、ダニエルは『最後の審判』の修正にかかりきりになった。口さがない人間はどこにでもいるもので、すぐにそれが噂となった。いつの間にかダニエルは『腰布画家ダニエル』と陰口を叩かれるようになった。
ダニエルもすでに五十九歳。家族もあるし、自分の弟子もいる。当然家族からは肩身が狭いと責め立てられ、弟子からも他にも仕事はありましょうと遠回しに皮肉を言われる。なのに、ダニエルは言い訳をしなかった。
ある日、またピウス四世から教皇庁に呼ばれた。
「ダニエル、仕事が一向に進んでいないという声が私の元にも届いているぞ」
「そんなことはありませぬ。精一杯やっておりますが、何せ師の描かれた人物が多すぎるので……」
「言い訳は聞きたくない。明日私が礼拝堂に行って、直にそなたの仕事を見せてもらう。沙汰はそのとき申し渡す」
ダニエルはただ頭を下げるしかなかった。
帰って来て、礼拝堂に向かったダニエルは、一番信頼できる弟子のアルドに言い含めた。
「アルド、手伝ってもらいたいことがある。しかし、このことは決して誰にも口外してはならない。この誓いを守れるか」
「はい。守ります」
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