腰布画家ダニエル

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 言質を取ったダニエルは早速、粉末の鉛白(シルバーホワイト)と油を混ぜ始めたのであった。いつもと違っていたのは、その鉛白の割合が二倍だったことだった。  翌日午後に、教皇ピウス四世はお付きの者とシスティーナ礼拝堂を訪れた。  弟子のアルドもダニエルも鼻と口を白い布で覆った状態で、教皇を出迎えた。 「教皇さま、よくぞおいでくださいました。今から手前どもの仕事を見ていただきますが、その前にお願いがあります」  教皇は二人の姿を見て眉をしかめた。 「いったい何事か」 「実は、流行り病が発生したのではないかという噂がございます。念のため、私どもはこうして鼻と口を布で覆っております。教皇様とお付きの方もぜひ、この白い布で鼻と口を覆っておかれることをお勧めします」  そう言って、ダニエルは着ていた作業着の右のポケットから白い布を取り出し、教皇に差し出した。アルドも右ポケットから白い布を取り出し、お付きの者に手渡した。  教皇とお付きの者は左手で白い布を持ち、鼻と口を押えながら壁画に向かった。 「ごらんのように、師ミケランジェロのこの『最後の審判』には、四百の人物が描かれております。このすべての腰に布を描くのは大変な作業です。おまけに、後で描き足したとわからぬようにするのは、本当に骨の折れる仕事であります。私がやってみますので、近くでご覧ください」  そういうと、ダニエルはかたつむりの歩みもさぞやと思われるほど、この上なく遅く腰布を描き始めるのであった。  見つめる二人は声を発することができず、ただひたすらじっと見るだけで、ダニエルの緊張が体ごと伝わって来るようであった。おのずからダニエルの呼吸する音が伝わり、二人もいつの間にか同じリズムで呼吸していた。ダニエルが一人分の布地を描き終えると、二人とも思わず息を吐きだした。
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