あるスリの小噺

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ある街のスリの常習犯の男に起きた話。 その男は貧しい家庭に生まれ幼少のころから盗みを働き生きるための金を工面していた。まっとうに働き生きることを忌み嫌う男はその日もスリをしようと混雑時の電車に乗り込んだ。満員電車で自分の前に吊皮を持って立つ綺麗な身なりをした老人に目を付けた男は慣れた手つきで老人のポケットの中から財布を盗むと次の停車駅で降りると戦果の確認をするため駅のトイレに入り財布を開いた。男の思惑通り財布の中にはかなりの金額が入っていた。パッと見ても30枚以上の万札が入っている財布をみて、男は嬉しそうに札の枚数を数えるとその中の一枚に折りたたまれた紙が入っていた。気になった男はその紙を開いた。 「この財布を盗んだ君へ、この財布は君へのプレゼントだ好きなように使うがいい。ただ、全てを使うのはお勧めしない。そのお金を賢く使いなさい。そして、盗みをしなくても生きていけるようになりなさい。世の中には悪い人間もたくさんいるがいい人間もたくさんいることを忘れてはいけない。この言葉が君に響いてくれればそれ以上に嬉しいことはない。もし、響かなかったなら私は君に最悪のプレゼントを贈ったことになってしまう。君が清らかに生きれることを願っているよ。」 老人からのメッセージを読んだ男は驚いた。世の中にはこんなバカもいるのかと。犯罪者が人の優しさに触れ更生する。そんなドラマのような出来事は滅多に起こらない、それなのにあの老人はわざとスリに金を渡し、更生する可能性に賭けた。男には老人が滑稽に見えて仕方なかった。男は老人からのメッセージなど忘れ大金を手に数日間の豪遊を楽しんだ。老人から盗んだ金を使い切りまた盗みを働こうと家を出ようとした時、テレビから偽札を使用した男が逮捕されたというニュースが流れた。逮捕された男はこう供述しているらしい「老人から盗んだ財布に偽札が入っていた。」 ニュースを見た男は、老人から盗んだ財布の事を思い出した。その財布の中にあったメッセージの事も。 自分の財布にも偽札が含まれていた。恐らく財布の一番奥に入っていたのが偽札、全てを使うのはお勧めしないといっていたのはそのためだ。男は急いで逃げる準備をしようとしたがインターフォンの音が鳴り画面には警察官の姿をした男が映っていた。 椅子に腰かけた老人はニュースを見て呟く。 「窃盗罪よりはるかに重い偽造通貨行使罪のプレゼント。世の中悪い人間もたくさんいるものだよ。」
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