ある脱出の試み

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 私は、とある暗い部屋の中にいる。壁や床の材質は固くなく、適度にクッションが効いており、温度も寒くはない。しかし、不気味なほど静かで、照明はなくて真っ暗だ。  なぜ、このような部屋に入ってしまったのか、全くわからない。ただ、すごく、ものすごくぼんやりとした記憶では、足が非常に疲れているため、自分で入った気がしないでもない。しかし、そこは定かではない。  早くここから出たいと思ってみても、いかんせん体を思うように動かせない。そのくらいに体は弱っており、疲れており、力も出せなかった。それに、部屋が真っ暗で何がどこにあるのかわからないので、脱出のしようもなかった。ただし、部屋が非常に狭いことはわかった。  どのくらい経っただろう。しばらく経つと、喉の渇きと空腹感に苛まされてきた。部屋の中を探すと、細長い蛇口のようなものに当たった。栓はついていなかったので、思い切って吸ってみると、濃くてまろやかな味の液体が出てきたので、それを飲んだ。そのおかげで喉の渇きと空腹感は癒え、体力はだいぶ回復した。すると、蛇口が伸びて口から外れにくくなった。しかし、不快な感じや不安な感じは、不思議とあまりしなかった。  今度は、排泄がしたくなった。しかし、蛇口が口に入っていたり、部屋が狭かったりするために、移動が難しいので、その場でせざるを得なかった。ここで服を着ていないこともわかったが、意外と羞恥心は感じなかった。嫌な臭いがするかと思ったのだが、臭気は感じなかった。  そんな時、部屋の一角から、何かが入ってきて、私と部屋全体を舐めるように動き回った。それは、私や部屋の汚れを拭き取っているかのような動きをした後、出ていった。どうやら、私とこの部屋の掃除に来ているらしい。  また、ここで一つわかったことがあった。それが入ってきた時に、私には何も見えず、何も聞こえなかった。つまり、部屋が暗くて静かなのもあるかもしれないが、私自身も視力と聴力を無くしているのだと。  このような、喉の渇きや飢えを感じたら蛇口から液体を飲み、排泄はその場で行い、体の清拭と部屋の掃除は部屋の一角から入る物体に行ってもらうという生活がしばらく続いたあと、私に変化が現れた。目が見えるようになったのだ。また、部屋の外の音も聞こえるようになってきた。部屋は暗かったが、実は、細長くて柔らかい蛇口のようなものは4本あったことがわかった。さらに、私とこの部屋の掃除に来る、細長い物体とそれが出入りする箇所もわかった。また、人の歓声や話し声らしき音も聞こえた。しかし、体力は、増えてはいたもののまだ充分ではなく、掃除に来る細長い物体が出入りする一角に登ことはまだできなかった。  私は機を待った。そして、視力も聴力も体力も充分についてきたある時、部屋の壁を登っていった。自分では気が付かなかったが、体も大きくなっていたようだ。そして、部屋の開け閉めする一角、すなわち、私とこの部屋の掃除に来る物体が出入りする箇所まで登り、そこに思いっきり頭突きをした。そこは案外簡単に開き、私は部屋の外に出た。  その日、約5ヶ月前に、ある動物園で生まれたカンガルーの赤ちゃんが、初めて母親のポケットから顔を出した。その瞬間に立ち会えた人々は歓声をあげ、カメラを構えて写真を撮った。
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