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俺は妙な焦りを覚えた。一体、加藤は何を抱えているのか、一刻も早く知らなくては——。
「もう触らないよ。悪かった。だからとりあえず落ち着け」
「……ああ。そうだな。悪い。ちょっとおかしいんだ」
「ちゃんと話してくれよ。ポケットに、何が入ってたんだ?」
「このコートはな、右のポケットに手を入れると、手が……俺の手を握るんだ」
思いもよらない告白だ。俺が言葉を失っていると、加藤はまた笑って言った。
「はは。これ、やっぱりお前の忘れ物か?」
「”手”が? そんなわけないだろ。……お前、やっぱりおかしいよ……。着ていて安心しているようにも見えない」
「正確に言うと気に入ってないよ。それに、着てると安心するんじゃなくて脱ぐと不安で仕方なくなる。身の回りでおかしなことばかり起きるんだ。どこへ行ってもすぐそばにコートが現れてさ。ありえない事故で入院したこともある。死にかけたんだ! でも着てさえいれば、たまに手を繋いでやればコートは何もしない。俺も安心していられるんだよ」
妄想だ。そう思ったが、刺激しない方がいい。
俺は加藤に向かって頭を下げた。
「ごめん。俺、お前に言わなかったことがある」
「ああ。このコートのことだろう」
「……そのコートは、前住んでいた町の古着屋で買ったんだ。値札に”瑕疵あり”って書いてあった。レジで店の人にも念押しされたけど面白そうだったからつい……。だけど、持ってても何も起こらなかったんだ。だからお前にやった。何も言わなかったのは……悪かったよ。まさか、まさかこんなことになるなんて。余計な心配かけてもアレだと思ってさ」
古着だとか、瑕疵物だとか、全部今、考えた作り話だ。加藤がそう思っているならそれに付き合うのが一番いい。
加藤は少し考え込むような仕草をしてから、ポケットに手を入れた。
あの中は空っぽだ。きっと何も無い。俺には分かる。だが、あんなに騒ぎ立てられたんじゃ堪らない。どうにか処分しなければ——。
「……つまりお前は、いわく付きのコートを上手いことお払い箱にしたってことか」
「そんなつもりじゃ……。なぁ、気のせいじゃないのか? 俺が持ってた時は何も起こらなかったよ」
「じゃあ、今、お前もポケットに手を入れてみろよ。俺の気のせいなら、何も無いはずだよな」
「……それを買った古着屋に連れて行くよ。また引き取ってもらおう」
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