11人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
1990年代後半、埼玉県某町。
これは、そこにある中学校に通っていた私が、実際に見て来た話だ。
当時、私達の町の小学校や中学校……特に女子の間では、『ワラワラ様』というおまじないが大流行していた。
『ワラワラ様』というのは、昔、町内で行われた大規模な桜のお花見イベント『桜祭り』内の美人コンテストで優勝した笑子さんという美少女のことだ。
彼女は、特に笑顔の美しい少女だったらしい。
が、コンテストで優勝した翌日。
町役場に飾る、来年のお花見イベント用のポスターの撮影直前に信号無視の車に撥ねられて亡くなってしまったそうなのだ。
それ以来笑子さんは、自分と同じ悲しい思いをする女の子を一人でも減らす為、女の子の笑顔をどんな事をしてでも守る神様――ワラワラ様になったらしい。
そんなワラワラ様に力を借りる方法はこうだ。
先ず、時刻は朝の8時55分。
彼女が事故に遭った時間に、彼女が車に撥ねられた歩道――まさに、その現場に立ち、
『ワラワラ様、~(ここには自分が笑顔でいたい具体的なイベント名等を入れる)の時、どうか私に最高に輝く笑顔を与え、その笑顔を続けていられる様お守り下さい』
と、唱える。
その後、出来る限り最高の笑顔を作って――必ず自分も入れた状態で、笑子さんの事故現場をバックに写真を撮らなければいけないそうだ。
所謂、事故現場とのツーショット写真である。
そして、その写真を毎日大切に持ち歩いていれば、必ず、願ったイベントの際に――どんなことが起ころうと、ずっと輝くような最高の笑顔をキープしていられることが出来るらしい。
なので、私の住む町内では、何か大きなイベントがある度に、ワラワラ様に縋る女の子が多かったのである。
(叶った女子はいなかったらしいが)
私のクラスメートであり、友人でもあった春日 彩佳も、そんな女子の1人だった。
英語が堪能な彼女は、見事学校内での英語のスピーチ大会の予選に勝利し、県が主催する大規模な英語のスピーチ大会に出場する予定だったのだ。
けれど、彼女にはある大きな弱点があった。
それは、彼女の『表情』。
彼女は、緊張すると能面の様な無表情になってしまう癖があったのだ。
故に、過去のスピーチ大会ではいつも、表情の評価点だけが0点だったのである。
それを常日頃からとても悔しく思っていた彼女は、ある日、最高の笑顔の写真を撮影しながらワラワラ様に願掛けをした。
と、スピーチ大会の本番で、なんと彼女は太陽のように輝く素晴らしい笑顔を披露出来たのだ。
結果、彼女はそのスピーチ大会で優勝。
彼女があれ程気にしていた表情の評価点も、なんと満点だったらしい。
それ以降、何かある度に熱心にワラワラ様を拝むようになった彩佳。
しかし、笑顔が褒められるようになり、気分の良くなった彼女は、ある日、ワラワラ様にこう願掛けをしてしまう。
「ワラワラ様。どうか、常に……これから毎日、どんなことがあっても、私を最高の笑顔でいさせてください。私の笑顔を何があっても守ってください。よろしくお願いします」
――その日の深夜、彼女の家に居眠り運転のトラックが突っ込んだ。
彼女の妹は一生残る深い後遺症を負い、両親は即死してしまう。
が、その通夜の席で彩佳は――恐ろしく場違いな程に美しい、まるで大輪の薔薇が咲き誇ったかの様な笑顔を浮かべたまま、弔問客の相手をしていたらしい。
――しかし、その瞳からは、滂沱の涙を流し、喉からは、獣の唸り声の様な慟哭を常に上げていたそうだ。
それから3日後。
近くの公園で首を吊り、亡くなってしまう彩佳。
第1発見者となった私が目撃した彼女の遺体は……やはり、とても美しい笑顔で、その手には、恐らくワラワラ様への願掛けに使用していたのであろう――彼女自身の笑顔の写真が、しっかりと握り締められていた。
最初のコメントを投稿しよう!