小石が

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 ポケットの中にはビスケットを入れたくなる。あの歌のせいだろう。僕は割とそういうのが好きだから、つい真似したくなってしまう。けれどあの歌も結局はそんなふしぎなポケットが欲しいという話だから、やっぱりポケットの中にビスケットを入れる意味はないんだろう。  それに僕は服にたくさんついているポケットにも、鞄の中についているポケットにも全部こまごまとしたものを入れているから、ビスケットなんか入れたらすぐに粉々になってしまうだろう。まあそれはそれで意味は違うけれどビスケットの個数そのものは増えると言えるのかもしれないしいいだろう。でも粉々になったビスケットは食べにくいから僕はやらない。  ズボンの右のポケットは小銭入れになっている。左のポケットには鍵を入れていて、上着の右ポケットは小銭が少しとレシートが入っている。胸ポケットにはペンを、左ポケットには消しゴムと修正テープをそれぞれ入れている。そうやって決めているはずなのに毎日一回は必要なものをどこにいれたのかわからなくなっていろんなポケットをたたいて探す羽目になる。こんなときにビスケットが入っていたらと思うとついつい笑ってしまう。  家に帰ってズボンをハンガーにかける。と、いつもより重く感じる。なぜだろうと思いながらポケットの中身を探ってみると小石が出てくる。もちろん入れた覚えなんかない。これは右ポケットだから小銭が入っているはずだ。いや、入っていなければならない。だって僕は入れ替えたりなんかしていない。もちろん落としたわけでもない。落としたなら小石が入っているはずがない。あと考えられるのは誰かが小銭を盗んで小石を代わりに入れておいたということくらいだけれど、僕は今日ずっとこのズボンをはいていたし今朝コーヒーを買うのにここに入った小銭を使ったときはまだ小石ではなかったのだから、そんなことはできないはずだ。  かけたズボンのポケットをたたく。ほかのポケットに異常はないかたたいてみる。たたいてみたところで中身はあまりわからないことに気付いて手を突っ込んでみる。鍵の入っているはずのところには小石、絆創膏の入っているはずのポケットにも小石。リップクリームを入れていたところだけはそのままリップクリーム。どうしてだろう、と一瞬考えたところで嫌なことを思いつく。もしかして、たたいたから小石に変わってしまったのではないだろうか。今さっき、異常はないかを確認するためにたたかなかったのはリップクリームの入ったポケットだけ。そんなはずはない。そんなことが起こるはずがない。けれど一度思いついてしまったら頭から離れない。  ポケットの中に入っていた小石を全部とりだして机の上に並べてみる。小銭の入っていたポケットの小石は中くらい、鍵の入っていたポケットの小石はそれより大きくて、絆創膏の入っていたポケットの小石はそれよりも小さい。この大きさの違いは何だろう。もともと入っていたものの大きさの違いだろうか。それにしては随分小さいような気もする。持ってみる。重さかもしれないと思う。形が随分変わっているからわかりにくいけれど、もしかしたらもともと入っていたものの重さに近いのではないだろうか。そこまで考えて少し面白くなる。まるでポケットの中身が小石に変わったことを受け入れているみたいだ。  小銭が入っていたポケットの小石は随分多い。そりゃあこれだけ入っていればいつもより重く感じるだろうと思うくらい。つまり小銭がそのまま小石に変わったわけではないのかもしれない。ふと思い立って小石を一つ手に取りズボンのポケットに戻してみる。そうしてポケットを三回たたいてみる。空のポケットに一個だけ入れたはずの小石は八個に増えている。そりゃあ重くなるはずだと思って僕は目の前の信じられないのに信じざるを得ない事象にひとしきり笑った。
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