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3-4
「よし。夕人、じゃあ俺先に出るよ。
今日は営業車でそのまま外回りだからーー…何かあったら電話して、いつでも出られるから。
ーーー朝飯、ちゃんと食べろよ?」
「んーー…わかった…」
速生は背広の上にコートを羽織ると、玄関へ向かう。
相変わらずの世話焼きぶり…というよりもはや保護者のような速生に生返事で答え、“とりあえずおにぎりは1つだけ食べて行こ”と思っていた、その時。
「ゆうとおぉぉぉぉぉおぉーー‼︎‼︎」
ーーードタドタドタドタ!
ものすごい剣幕でリビングへと引き返してきた速生にビクッと身体を震わせる。
「なっ、な、何だよ?」
「夕人ぉ……
ゆぅーーびぃーーわぁぁぁーー。
洗面所に忘れてる。」
ズイッ!と目の前に差し出されたのは、ベネチアンチェーンネックレスに通された……2人の愛の証。
夕人の薬指にピッタリ嵌まるはずのアイオライトが嵌め込まれたプラチナリングがゆらゆらと揺れる。
「あっ、あーーー…。
ご、ごめん。昨日夜外して……忘れてた」
「ちゃんと付けろよなぁぁ?
ってか……ネックレスじゃなくてさぁ、やっぱりちゃんと指に付けてよぉぉぉ」
“せっかくサイズぴったりなのに”と口を尖らせながら呟く速生。
「え?いや……何度言わせんだよ…?
手だとさ、油絵具付いて取れなくなったら困るから…って前も言ったじゃん。
……また変色したらどうすんだよ」
速生からサプライズプレゼントされたその指輪は、暫くのあいだは夕人の薬指に着けられていた……が。
いつものように無心になって油彩画を仕上げていたある日のこと。
油絵具がガッツリと付着して渇いてしまった指輪の側面を目にして、一瞬で血の気が引けた。
急いで拭き取るも綺麗には取れず、慌てて速生に伝えて購入元のジュエリーショップへ持ち込んでもらう。
そして納品後1ヶ月未満で早くも磨き直しクリーニング対応を受けるという…そんな苦ぁ〜〜い思い出。
「ーーで、ネックレスにして付けとくってことで話は決まっただろ。
そもそも俺、アクセサリーとか苦手なのに……」
「………。」
それ程に夕人からしてもその指輪が大切なものであると認識出来るだけに、あまり強くは言い返せない、速生。
(けど。それだと、意味無いんだよ……。
“虫除け”として。)
思い返されるのはーーー…
激しかったあの初情事の後。
死んだように眠る夕人の手を取りそ〜っと刺繍糸を巻き付け計測したその、左手薬指サイズ号数。
(つくづく俺の意図を理解ってない、鈍感な夕人。
相変わらず、罪なやつだよーーー…)
「そんなの……もし取れなくなったらまた買えばいいじゃん。買ってやるよ、もっといいやつ」
「は?何言ってんだ、どこにそんなお金があるんだよ。
勿体無い事言うなよな」
「………ふ〜んへぇ〜〜。」
(ほら。こういう時だけさ……無駄に正論。
ーーー本当、わかってない。)
ブーッと下唇を震わせて音を出してみせる。
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