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「ーーおっ、もうこんな時間か。
じゃ、玖賀さん。私からの挨拶はこれくらいにさせてもらって…これから是非とも本校とのお付き合いーー…よろしく頼みますよ。」
校長は腕時計を確認して、席を立つ。
「いえ、こちらこそ。貴重なお時間を割いていただき…ありがとうございました。
今後とも、どうぞよろしくお願い致しーーー…」
速生がそう言いかけて一緒に席を立った、その瞬間。
夕人が後ろからもう一歩、速生の方へ近づいた。
「あの、校長先生。
実は、玖賀さんと僕はーー…旧知の仲なんですけど、今日は久しぶりに会ったところで。
少し、ここでお話してから帰っていただいてもいいですか?」
「そうかそうか、構わないよ。
そこのお茶、淹れてあげたらいいから、事務長オススメの玉露茶。
ゆっくりしていきなさいね。
ーーじゃ、僕は次の仕事があるから…これで失礼するよ」
ーーガチャッ、パタン……
「……………………」
「…………座り…ます?玖賀さん。」
よそよそしく、すこしにやけた目元で、速生に問いかける夕人。
「……………いえ、立ったままで。
あの、僕たち……久しぶり?でしたか?」
そして夕人の顔を、なんとも言えない表情で見つめる。
「おとといぶり、かな。
ーーー驚いた?」
「うん。
……なんで、内緒にしてたんだよ?
あ、いや、えーー……してたんですか?
夕人先生。」
速生のその少し拗ねたように呟いた言葉に、夕人は、ふふ、と笑う。
「だって、そんなこと。
もし俺が、”してやるよ”なんて言ったって、速生は素直にうんなんて言わないだろ?」
「ーーーそれは、そうだけど…、こんなこと。
夕人に何もメリットなんて…」
たとえ自ら望んだことではなかったとしても。
人脈利用による契約取引。
真面目に頑張っている営業職としてのプライドが邪魔をして、どうにも、手放しでは喜べなくて。
「ーーメリットは、あるよ?
まず、誰かさんからの着信の嵐が減るかもしれないってこと……俺がどこでどんな風に仕事してるのか、大体わかっただろ?」
速生の不安な気持ちを少しでも、取り除けたらいいと思う。
嫉妬も束縛も心配も、すべて愛情の裏返しであるとわかっているからこそ、少しでも、その想いに応えてあげることができれば。
なんだかんだ言いながら、速生に対して激甘な自分が、なんだかバカみたいで、嫌になりそうで、ちょっぴり、好きになれそうで。
『速生、もしかしたら俺の学校に営業として来ることあるかもな?』
あの日ーー…運命の再会を果たしたあの時。
バーで気まずいなかただの話題として例え話をしてみた、あの一言。
ーーーまさか、本当になるとはな?
これから先も、きっとこの自分の職場で、公認の立場の上で顔を合わせる事ができるかもしれないということも、実を言うと楽しみで。
ーーー絶対、教えてあげないけど。
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