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ふと、自分の荷物に目をやる。
ショルダーバッグの中の紙袋の存在を思い出した。
「速生、口開けて」
えっ?と振り向いた速生の口の中に、むぎゅ、と押し込まれた……瀬戸がお土産と言って買ってくれたクロワッサン。
「頂き物なんだけど……悪くなっちゃうから。」
そう言って夕人も、もう一つのクロワッサンを一口齧る。「甘っ……」と言いながら、もぐもぐと口を動かす。
正直こういうスイーツ系にもほとんど興味はなく、本来なら滅多に口にすることはない夕人でも、瀬戸の好意を無碍にするのは心が引けたため…きちんと味わって、クロワッサンを完食した。
「うまいなこれ……。
誰にもらったの?」
「ーーーーナイショ」
今瀬戸の名前を出すとなんだかややこしくなりそうな気がした。
嫉妬深く独占欲強めの速生の性格。それは5年前のあの頃に比べてもっと激しくなってそうな…そんな予感に少し恐怖しつつ。
ーーー束縛どころか、そのうち軟禁状態にでもされそうだ。怖い怖い………。
「ーーーなぁ、夕人。
次は、一緒に食事しような。
………ちゃんと、向かい合って。
夕人の食べてるところもっと、ちゃんと見たいから」
穏やかな気持ちで、大好きな夕人の、どんな仕草、表情、話し声もすべて見逃す事なく、その目に焼き付けたい。
「うんーーー…。
じゃあ、昨日のあの小料理店がいいな。またさ、親父さんに言ってテーブル席予約しといてよ」
「ーーーあそこに行ったら、ボトルキープしてる芋焼酎また飲まないといけないけど大丈夫?」
「げっ……やっぱり、無理かも……」
青ざめる夕人に、速生は”ははっ”と笑った。
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