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3-2
二人の新居は7階建て賃貸マンションの2LDK角部屋。
フラットタイプの造りで全室ワンフロアに繋がっており、且つバリアフリーの使いやすい間取り。
築年数は10年ほどであったが内装は全てリノベーション済み・据付家具も新調されていたため、そこに玖賀家からの同棲祝いの最新家電達を置けば新築と程変わりないフレッシュな空間が出来上がった。
二人で見て回った、不動産会社との部屋探し。
特に生活面に強いこだわりも持たず、便利さえよければ問題ないと言うスタンスの夕人。
部屋を見て回るたび「いいんじゃない?」の一言しか出ない興味のなさと浅はかさ……。
(夕人……つくづく思うけど君ってやつぁよくこれまで東京でひとり暮らしてこれたよな。
……どうしてたんだ?これまでの五年間……)
一方の速生はとても現実的であった。
居室数、各部屋の広さ、間取りや生活動線、日当たりの良さ。
そして賃料、駅からの距離……。
便利の良さなどすべて総合的に加味した上で、他にも候補に挙がった部屋は幾つかあった。
願ってもいなかった、やっとのことで掴み取った同棲生活。親達には祝福され、ーーそこには何も邪魔するものはなく。
(朝に弱いってことは、もちろん知ってたけど……。
まさか社会人になってもなお、ここまでとはな
ーーー…)
速生にとって何よりも。
ふたりの愛を育む棲家を決めるにあたり、断固として譲れない条件があった。
それはーーーー…
ウィィィーーーーーン
「あ!うわ、ルンバ踏むっ!あっぶな!」
「夕人、落ち着けよ。マンション寄って行かないならもう少しゆっくり出来るんじゃねぇの?
学校まで徒歩10分もかかんないんだし」
「いやいや!今日って、第二水曜日だろ⁉︎
朝イチ定例の職員会議がっ……ーーーーあ」
夕人は思い出したようにぴたりと動きを止める。
一生懸命動き回るお掃除ロボットがスリッパにガンッ!と衝突した。
ちなみにこれも、玖賀家からの同棲祝いの品。
『ルンバ欲しかったのよねぇ〜〜!』と言いながら、ちゃっかり自分の家用にも購入する速生母の高らかな声が蘇る。
「ーーー今日、校長先生出張で居ないから…無いんだった……会議」
「ーーほらな。よかったじゃん」
「……………うん…」
夕人は安堵の混じるため息をつき、ダイニングテーブルに肘をつき着席する。
ーーーそう。
この新居から夕人の職場までは徒歩10分以内。少し遅刻しそうでも軽く走ればすぐ着く距離。
低血圧で朝に弱い夕人を少しでもゆっくりさせるため、出来るだけ彼の職場であるS区立学園高等学校に最寄りの場所に絞って新居を探した。
そう、すべては愛ゆえに。
そしてヒットしたのがこの賃貸マンションの一室だった。
内覧が終わったその足で『契約します!』と不動産スタッフに前のめりになった速生を、不思議そうな顔で黙ったまま見つめていた、夕人ーー…。
(まあ、そんなとこもいいんだけどな。
存分に俺を頼りなさい。そして依存すればいいーーー…。
これから先俺無しじゃ生きていけなくなるように、な。)
速生はフフフ、とほくそ笑み、キッチンに入るとカウンターテーブル上の保存ラップが掛けられたプレート皿を手に取る。
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