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『確かに、隊長に見せつけるとはやり過ぎだ。とはいえ先に襲うたのが廼宇と思えば身から出た錆、どうせあの奥庭でも自覚なく色気を振り撒いたのだろう。つくづく罪な男よ』
『はぁ? 何たる決めつけ、やられた側に罪を着すなぞブルグトと同論だ。……帰れ。もう帰れよっ、玲邦の視察は他をあたれ』
怒りより始まった薫布での再会だが、廼宇としたことがほんのりと嬉しくもなってしまっていたらしい。
油断して聞けば聞くほど聞くべきでなかった話が続く。
無論この先も聞くべきではなかろう。
『廼宇。このまま悪評たてば二人の証言の信用にも関わるぞ。劉国へ誘うた折にはあの美形、むしろ力づくでも受け役を仕込まんと思うたのだが。皆して証言を合わせるというにこれ以上つむじを曲げられても困る』
劉国へ誘うた折、とな。……ヴァルの広場か。
ゲンサへの敬意を感じた数少ない思い出がひとつ消えてしまった。
ああやはり聞くべきではなかった。
『あの小鬼を御すにはなんぞの餌が必要だ。いやまさか、我が食わずに堪える餌を小鬼なんぞに食わす気はない。ただ寄せるのみの餌となれ廼宇』
『はぁ? それが人にものを頼む言い草か』
ああやはり聞くべきでは……。
『我は皇子なり、これは下命と心得よ。我とて、我とていやこの我こそがっ。皇子たる権を振るいて餌を召し上げ食らうべきをあの白ババさえいなければっ』
ああやはり……。
「え~……ディーハルク様の所業は知己なき地での寂しさゆえと。実のところ、私も貴族としての振る舞いを学ぶ要がございます。よってディーハルク様とブルグトの修練の場に同伴すれば落ち着かれる一助とならん」「ダメだっ」
相当に端折り整えて述べた努力虚しく、暁士が即座に割り込んだ。
「つまり廼宇が征殿下の宮に参じるのだな。暁士様、ダメというのは」「絶対にダメだ許さぬ危なすぎるっ」
暁士の豹変に、ピシュクでのいざこざを知らぬ徳扇が驚きの目を向ける。
「小鬼を殺せっ。ただの色狂いの我儘だ、小鬼が消えれば万事解決」
「ぎ、暁士様?」
「征様と小鬼の巣くう魔窟に廼宇を送りこむなぞ有り得ぬ、……ああやはりピシュクで殺れば良かった、いや今からでも……あやつに全ての咎を負わせて……」
またもや目を細め鼻に皺寄せ悪しき面となり果てた暁士に、徳扇は困惑するようだ。……そも義父上は色恋嫉妬にはあまり造詣の深くないところ、今の暁士は尋常ならず。
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