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『緑如ちゃん。選ぶのは三つ目の話の後でいいわよ』
声が上から降る……やはり、かなりの上背である。
『三つ目はね、わたしを絶対に、裏切らないこと。……まず、嘘は厳禁。嘘は確実に見抜くから心しなさい。次に、店の仲間を陥れること厳禁。そしてわたしは不在も多くてお店をかなり預けるけれど、謀りや盗みもまた、厳禁』
高らかに言い放つとくるりと背を向け、寝室に入った。……何やら不思議な呻きがする、と待つうちに。
妓女らしき女人をひとり脇に抱えて引きずり戻り、ごろり、と卓の外れの絨毯へと投げ転がした。空になった逆の手には抜き身の刀を携えている。異様ながらも暁嬢様があまりの自然体ゆえ、恐ろしさは少なく女人を見た。
轡にて喉をひゅうひゅう鳴らし転がる女人の年の頃は二十前か。両手は後ろに、足は足首にて縛られている。服は肌着に手足が剥き出し、臙脂の絨毯には白抜きのごとく鮮やかだ。髪は崩れ、固布にて深く轡された口元からは涎が垂れ、目鼻は涙でぐちゃぐちゃと濡れている。
……なんと、哀れな態だろう。
『妓館から買ったのよ、このわたしの懐から金入れを盗もうとしたからね。館主が言うに前科あり、日頃から盗みはするわ他の妓女に毒を盛るわ下女を打つわ、ほとほと困ってたんですって。けど上得意様があるから切れないって嘆くから、見合うほどの額を渡して』
言いながら後ろにまわり、手の緊縛を斬った。次いで轡を外す。
『結局、盗まれたはずの額より相当の払いになっちゃったわ』
そうして、ふいに自由になった両の手を絨毯につき、顔を伏せて呼吸を戻す、その妓女の。
……左腕を迷いなく、すぱりと斬り落とした。
『くひゃあああ~~~!』
喉の戻らぬうちに無理やりな叫びが通り、音は少なに息のみ激しい悲鳴が部屋を満たした。流れる血とのたうつ身体に思わず瞬時目を閉じて、すぐに気づく。……緑如っ。
『緑如、大丈夫か』
向けば緑如も女人から私に目線を転じたところだ。不安そうに、労わるように必死で私を見るその目にやがて、涙が滲む。
『ふ、福来、こそ……だいじょ……ごめん。ごめんっ』
そのまま嗚咽を堪えきれずに、頭を垂れた。
『俺の、俺のせいでこんな…………見ないで、血、見ないで福来っ』
しがみつき私の顔を女人から逸らさんとする緑如を抱き、呼吸の助けに背を撫でる。幾度も幾度も撫でる。
『緑如落ち着け、私は大丈夫だ、大丈夫だから』
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