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客主が襖をあけてぱんぱんと手を打ち、するとほどなく三人の下男が立ち入りて絨毯ごとに女人を運び去った。
その間に暁嬢様は手拭で軽く刀をぬぐい、寝室に仕舞いてしゃなりしゃなりと優雅に戻り来る。
あまりに速やかな流れを終えた卓向こうの二人は、何ごともなかったごとくに座して寛ぎ、茶を含んだ。いずれの口元も、客主などは顔じゅうが暁嬢様の紅にまみれて、滑稽ですらあるままに。
『……お見事な腕前にございます』
無論この上なく驚きはしたものの、緑如に対し私の平静を伝えられる中身を選び口にする。事実として一刀で腕を落とす手際は相当のものと察してもいる。
伝わったらしく、涙をすする緑如の息が少しずつ緩やかになっていった。
『は~。アナタ、動じないわねえ』
『本日は私には奇特な件ばかりゆえ、感も鈍っているのでしょう』
『血は平気?』
『南中都の、ことのほか貧しき通りに育ちますれば。幼少より刃傷沙汰を目にする機はございました』
『へえ。それにしては、真っ当に育ったもんね』
ようやく、緑如が顔を上げた。
出自が南中都と伝えたことはあるが、当時の暮らしまでは語っておらぬ。耳に新しき報なのだ。
『だから、私は大丈夫だよ、緑如。……して、暁嬢様。確かに荒れた育ちにはございますが、善悪の判じは叶います。三つ目の約も承知しました』
『裏切ったら。指、腕、首のいずれかを、斬る』
『はい』
『刑部は何も出来ないわ。旦那様はそういう人よ』
『はい』
『店の仲間でも、わたしを裏切れば斬るわよ?』
『はい。……福顔などと言われますが。実は見ぬ振りも得意ならば、己が一人、清らかな場より泥を眺むも得意です』
……私の父は、詐欺師であり、盗人であった。
足のつかぬ遠方にて偽の宝石を口八丁手八丁で貴族に売り込み、商談とて館を訪う折に財を盗みて糧とする。そのくせ私には断じて悪を許さず、母を通じて厳しくしつけを施した。
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