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……この局面にて、誰が行くと言うものか。
して、誰が行かぬと言えるのか。
いかに悪口を成す同僚といえど、刀を振るい刑部を恐れぬほどの闇ではない。今の店は辞すつもりだが、他の店とてあり得まい。
『福来……』
呼ばれて手元の緑如を見た。
抱かれた名残りに身体を預け、近しき目から今は溢れるものはない。手拭にて睫毛と頬に残る雫を取ってやる。
『ごめん……こんな、危険に』
『謝るな。緑如が腕の中にいる、私にはそれで十分なのだから』
『でもお俺のせいで……い、嫌に、ならない?』
『ふふ、好きだぞ緑如。今もそして、これからも』
『きゃ、ちょっと聞いた? ね、わたしも旦那様に言われた~いっ』
暁嬢様が客主の腕内に入り込み、甘えた声でぶちゅぶちゅと顔の紅を増やした。客主が口角を上げてハハハと笑う。
二人が親密を深める間に目を閉じて黙考した緑如は、やがて瞼を開きぱしぱしと上下の睫毛を打ちあわせて、私から離れた。
座して姿勢を正し、暁嬢様に向かう。
『改めて、お聞かせください。お二方の元にて我ら……福来は何をするのです』
ん? と、暁嬢様は首を傾げた。
『福来に、暗き所業は合いませぬ』
『……緑如ちゃんってさぁ。案外おバカ? 布屋をやると言ったわよ』
『なぜ血を見せつけるのです』
『平気か試したの。盗人あれば目の前で斬るんだから、卒倒されても困るもの。斬るお役目は勿論わたしよ、楽しいし……あ、でも。片付けはよろしくね』
『福来が?』
『どっちでもいいわ、アナタでも』
緑如は、私の知らぬ何かを知る。
ゆえに責を感じて質すのだろう。
動揺から戻りし今は毅然とし、恐ろし気なお方に向かうに淀みなく明瞭な語り口となっている。
『店への声かけをされたは私共のみですか』
『今のところはね』
『かような妓館に、妓女の取り置き。私共は急に呼ばれましたが、かなりの仕掛けにございます』
『わかるぅ? 忙しいのに頑張っちゃったっ』
『儂がな』
客主の言にまたひとしきり、旦那様ったらぁありがとう~っ、と激しく口を吸った。
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