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……緑如。
私のための平伏など。私こそが耐えられぬ、見過ごせるわけがない……いや、それ以前に。
私はどうにも理解が悪いのだ。生来の性にて致し方ない。
『待て、勝手に進めるな緑如。我ら二人の話だろう?』
『…………』
呼びかけにも動かぬ下面に手を滑り込ませて頬を撫でる。首を振り厭うものを、何とかいなして頭のみ上げさせた。
『私には不明が多いが、しかし。お話を受けたらば、今夜の緑如は助かるのだろう。そして二人で共に暮らせるという』
『おぉその通りだ、二人で来い。この寵妓の気に入る者をまた探すなぞ儂とて気が遠く、んむっ』
またもや紅の口が客主を塞ぐ。その間に緑如はようやく身を起こし、背筋を伸ばした。ふう~、と、長い息を吐く。
『甘言だよ、騙されるな福来。我らを嵌めた方々だぞ。仲を漏らして我らを追い詰め、平然と人を斬る方々が堅気のわけがない』
『だ、だが……策を講じるほどに、我らを求めてくださるのでは』
『その策が卑劣極まる。悪事に染まらぬ福来を求めるにはあまりに……まさか。まさかっ、福来を巻き込むなどっ』
甘言、卑劣……今まさに伏して願ったこの場にて突然の暴言を吐く緑如には驚いたが、最後のふり絞るごとき言にて悟った。
怒っているのだ。
私は知らぬ己の筋から、二人まとめて絡めとられたことに。
怒るな緑如、私のために……ますます愛しくなるではないか。
『堅気でない、それのみでも福来は来ちゃだめだ』
顔を歪めて主張する、両頬を我が手で包みこむ。
『しかしな、緑如。嘘をつかず、謀らず盗まずという条件はいかにも私に向くではないか。してその条件を課す方が、我らを騙すとはどうも思えぬ。あの妓女は悪事がゆえに斬られたのみなのだし。……ありがたいことだぞ』
『……え?』
『緑如のお蔭で新たな縁を得られたのだ、と、私は思う』
『…………』
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