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やがて戻り来た緑如は、かつてないほどに。
……晴れやかな顔をしていた。
『福来……福来っ』
私よりも高い背で、私にぎゅうとしがみつく。
『もう心配はいらないんだっ……大当たりだよ、あの妓館で……選んでよかった、福来、福来のおかげだ』
『り、緑如。つまり……我らは良き場にいるのだな』
『そうだ、本当に。……俺は、……ごめん。今後も伏せおくことはあるけれど。でも、でもっ。心配はないから』
私は緑如の細い腰に腕を回し、抱擁を返しながらこの喜びに満ちた言葉の理解に努めた。
『……では、これだけは教えてくれ。緑如に危険はないのか? あの、妓館の日の夜のごとき命の危険は』
『ない。もう大丈夫だ、福来と一緒に、福来のように日々を真面目に生きる。そしたら大丈夫なんだ、安心して』
『……わかった。では私は安心して、暁嬢様との約の通りに過ごすとしよう』
『ああ、……夢みたいだ…………』
思えば付合いの当初より私に秘すべきことはあり、うしろめたさもその界での危険もあったのだろう。しかし今や私への秘密は公然となり、界への不安もなくなった。
緑如は今までになく穏やかな笑みを浮かべるようになり、瞳の奥に隠していた人の良さが素直に現れた。自ずと付き合い先やお客様の信も増す。
『聞いて~聞いてっ。ねえ、聞いてよぉ~んっ』
『何ですか、久方ぶりにいらしたと思えば騒がしい』
『わたしねぇ、な~んと! 就・職・し・た・のっ。試験があってね、み・ご・と・に合格したの。だから今後も時々しか来ないからぁ、お店はよろしくねっ』
などと、店主兼店長にしては驚くべき奔放を示す暁嬢様を補佐として支えながら、つつがなく店長代理を勤めるようになった。
あの、妓館の日。
私には今とて内実は未知のお二人との出会いが、緑如と私の満ち足りた日々を、温かな住まいを、心厚き同僚とのやりがいある職をもたらした。
この世には、知れぬことなど数多ある。
己が何を知らずとも、私自身は気にならぬ。
ただただ、この世をつなぐ全ての縁への、感謝が胸に溢れ来る。
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