福来:廼宇

1/14
前へ
/50ページ
次へ

福来:廼宇

「福来、いつもありがとう」  箒を片付けて薫布の内房に戻ると、爽やかな笑顔が爽やかに、かつすまなそうに私に告げた。  毎朝の緑如の日課だ。  何ごとにも有能にテキパキと動く緑如。  だがしかし、実はすこぶる寝起きが悪い。  よって私は寝所から出る折に緑如を軽く起こし、散歩の前にまた起こし、戻りて朝餉に際しては真面目に起こし食堂に連れ、開いているやら不明な細い目でポヤ~として食の進まぬ緑如を安慈に託して、店舗に移る。  起こす都度に見せる眠たそうな仕草があまりに可愛く、本日の緑如を思い出しつつ掃除をする、そのひと時もまた幸せだ。  終わる頃にはすっかり仕事仕様となった緑如が来て、すまなそうに礼を言う。それがまたいい。さぁて店を開いて頑張るぞ、という気になる。  ところが。  今朝の緑如は、爽やかな日課の後はすぅと眉を曇らせた。 「あのさ。……散歩の時に何かこう、変な感じしなかった? 変わった事件があったとか、妙な人がいるとか」 「ん? ……いや、特に事件はなかったぞ。妙な人だの気配だのは、私にはよく分からぬが」  私は人の気配に鈍い。  あの妓館の日の前、つまり緑如にとって命危うき頃には、怪しき人々が我らの周囲に見張りのごとくいたらしい。私は緑如が警戒する素振りには気づいたものの、気配自体は全くわからなかった。 「そっか。店前に出たらなんだか妙で、何かあったのかな、誰かいるのかなと思っただけなんだ。……ほら、今日は廼宇が来る日だし」 「おお、そうか。長き不在の後だからな、聞きつけたどこぞの女人だろうか」 「う~ん、今日は一応、店には出ずに蔵担がいいかもね。でも功清は非番だし、俺も配達に出て店の手が減るから無理のない程度で」  
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加