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福来:廼宇
「福来、いつもありがとう」
箒を片付けて薫布の内房に戻ると、爽やかな笑顔が爽やかに、かつすまなそうに私に告げた。
毎朝の緑如の日課だ。
何ごとにも有能にテキパキと動く緑如。
だがしかし、実はすこぶる寝起きが悪い。
よって私は寝所から出る折に緑如を軽く起こし、散歩の前にまた起こし、戻りて朝餉に際しては真面目に起こし食堂に連れ、開いているやら不明な細い目でポヤ~として食の進まぬ緑如を安慈に託して、店舗に移る。
起こす都度に見せる眠たそうな仕草があまりに可愛く、本日の緑如を思い出しつつ掃除をする、そのひと時もまた幸せだ。
終わる頃にはすっかり仕事仕様となった緑如が来て、すまなそうに礼を言う。それがまたいい。さぁて店を開いて頑張るぞ、という気になる。
ところが。
今朝の緑如は、爽やかな日課の後はすぅと眉を曇らせた。
「あのさ。……散歩の時に何かこう、変な感じしなかった? 変わった事件があったとか、妙な人がいるとか」
「ん? ……いや、特に事件はなかったぞ。妙な人だの気配だのは、私にはよく分からぬが」
私は人の気配に鈍い。
あの妓館の日の前、つまり緑如にとって命危うき頃には、怪しき人々が我らの周囲に見張りのごとくいたらしい。私は緑如が警戒する素振りには気づいたものの、気配自体は全くわからなかった。
「そっか。店前に出たらなんだか妙で、何かあったのかな、誰かいるのかなと思っただけなんだ。……ほら、今日は廼宇が来る日だし」
「おお、そうか。長き不在の後だからな、聞きつけたどこぞの女人だろうか」
「う~ん、今日は一応、店には出ずに蔵担がいいかもね。でも功清は非番だし、俺も配達に出て店の手が減るから無理のない程度で」
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