福来:廼宇

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 王廼宇が勤め始めたのは三年前の秋のことだ。  暁嬢様の愛人、という衝撃的な紹介を得たものの、働き者で真面目な性とはすぐに知れた。のみならず、布屋としての知と才覚も若さに比して並みならぬ。  暁嬢様も以前より立ち寄るようになり、したらば店の覇気も上がり業績も上がり、仕事はますますやりがいをもって多忙になった。 『嫉妬なんて百害しかない無駄な情だ、とは聞きますが。正に実感しております。せめて店長の仕事を済ませてから廼宇と遊んでいただけませんか』 『あ~ら怖いっ。嫉妬はね、愛情から来る自然なものよ待ったナシよっ。……んもう緑如ちゃんたら、何のための店長代理? アナタがお仕事すればいいでしょっ』  物覚えの悪い私だが、あの妓館では全てが強烈であったがゆえに思い出せる。嫉妬は百害しかない、とはほかならぬ暁嬢様の当時の言である。 『あとねぇ、あんまり迂闊に廼宇ちゃんを店に出さないでよ、悪い虫がつくじゃないの』 『私が店長職までやるから人が足りないのです。それに廼宇にはお客様を引く魅力がある、稼ぎのよい店員ですよ』 『稼ぎと虫よけどっちが大事っ?……店長たるわたしが決めるわ、それは』『あ~私が店長のお仕事をするのでしたね。では決めます、稼ぎです』  ……と。  ともかくも廼宇はお客様を増やす因となり、着想豊かに展示会を興し采配を振るう。商家の生まれとは聞くが、大変に商いに長けている。  ……が。  暁嬢様と緑如の口論の元となるごとく、廼宇にまつわる揉め事もまた多い。  無体な見合いを持ち込まれたり、家族ぐるみで婿にとらんと画策を成されたり。当人には己が魅力の自覚が足りず、よって揉め事が起きたのちに治めるべく立ち回るのみ。無論、努力むなしく次から次へと人が集まる。  暁嬢様の嫉妬の感度も冴えわたり、二人が揃う日の薫布はたいそう賑やかだ。
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