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先だって二人が共に西域に布の仕入れに出た折には平穏が過ぎて寂しいほどだった。廼宇入店前の陣容と変わらぬというのに。
日頃は暁嬢様のみが行くのだが、この度は今更ながら新婚旅行っ。買い付けを兼ねてゆっくりしてくるわ~うふんっ、とのお話で、実際の戻りも予定よりかなり遅かった。
そして先週、久方ぶりに店に来た廼宇を見て。
……驚いた私は思わず、ちら、と緑如を窺った。したらば緑如も私をちら、と窺ったゆえに二人の細き視線が合った。
その夜。
私に秘密のある緑如は、他の事柄については努めて全て明らかにする。
この度も漏れはなく、昼には二人して戸惑い触れずに終わった視線について、おずおずと持ち出した。
『廼宇が、さ。……首筋とか、手の動きとか。前にも増して色気たっぷりで優雅なほどだなって。その、俺は福来だから、好きだけど。でも福来はもともと男性が好みだから……すごく素敵に見えてるだろうな、と、おも、っ、て』
……なんと。
『いや私は逆に、廼宇があまりにその……緑如にとって、魅力的なのではないかと』
日に焼けて精悍を増し、身体もずいぶんと引き締まり。
南中都の出にしては色白で線も柔らかな私の目には、たいそう眩しく見えたのだ。日頃は私を好む緑如とて、逞しく、しかし荒ぶることはない、かような男に抱かれたいとは思わぬかと。
視線の由が明らかになり二人して安堵するうち、ふと下世話な疑念が口を衝く。
『あの二人は、……暁嬢様が女形ゆえ、やはり受けるものだと私は推すが』
『う~ん俺はね、暁嬢様はあれでなかなか攻める側かと……、ほら、斬る時なんかびりっとした気がすごいでしょ』
なるほど。かように意見が異なればこそ、廼宇を各々の恋敵の側に捉えたわけなのだ。
廼宇の人生は今後ますます騒動が多かろうなあ~、と。二人して得心しながら平和な夕餉を過ごした。
つまり、今朝のこの状況は。
以前より騒動を引き込み易い廼宇が、より魅力を増して戻り来た。
そこへ敏き緑如が、常とは違う気配を捉えている。……となれば、注意に越したことはない。
廼宇は当面は所用がありとて週に二度のみの勤めというから、蔵にて在庫をいじるに適役だ。
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