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さて、予告の通り昼前早くに緑如が大都の宮内へと配達に出た。
功清は非番だが、廼宇が蔵担ならば未陽は店に常駐するから清婁と私で三人、店舗と小売り業者の応じには支障ない。
清婁は貴族の、いわゆる良家の子女である。
清婁様と呼ぶべきところを、暁嬢様の命により緑如と私は呼び捨てにさせられている。皆を呼び捨てる我らからの特別扱いは不可、当人も皆と同等を望むという。
貴族のお方が店先に働くは大変珍しいが、賢く気働きの良い性なればよく馴染み、年明けに入ったばかりというに十分な戦力となっている。
昼前の食を交代でとり未陽が内房に下がった後、小売りの業者が買い付けに来た。初見ながら良き量の布巻を共に店前の荷車に積み込み、戻ったところで息つく間もなく店奥より張りつめた声が飛ぶ。
「お放しくださいませっ」
この声は、清婁だ。
急ぎ向かうと通路の奥詰まりに清婁の後姿があり、すぐ脇には威圧のごとく大柄な男が立っている。清婁の対面にも男が二人……装束としては下位貴族ゆえ、大柄は護衛だろうか。
主らしき小柄の男が清婁の手首を握るさまを認め、礼も簡潔に済ませて近づいた。
店員として華美なく装う清婁だが、生来の見目は整うゆえに男性客に言い寄られることがあるのだ。とはいえ布を求むる客筋にては悪質は少なく、かような狼藉があろうとは……油断していた。
「おぉちょうどよい。この店に曹廼宇という男がいるだろう、ここへ呼べ」
声高に私に告げるその主は。
な、なっ、なんともはや……。
麗しい。白く小さな顔面に大振りな瞳は潤いに満ち、女子と見紛うほどに赤く小さな唇。
いや驚いている暇はない。
「これはこれは。店員に粗相があらば私が伺います。まずは何卒、お収めください」
丁寧に述べて慇懃に礼をし、捕らわれた清婁の左袖を下より支えてそっと引く。手が離れると同時に二歩ほど下がった清婁が、ふうぅと息を吐いた。その息も肩も震えている。
「はん、かような店の女にしては怪しげなほど優雅な所作、爪先の整えなどまるで貴族だ。余程憧れでもあるものか、ならば近う寄らせてやらんでもない、とな。その栄誉を嫌がるなぞ誠に身の程を知らぬ」
「あい申し訳なく存じます。新人にて働くのみに精一杯、貴族のお方に気も利かず……もうよい、戻りなさい」
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