福来:薫布

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 黒艶の塗りも滑らかな、六人仕様の広き角卓。  飾り彫りまで繊細な漆棚、寝所へ続く鳥瞰の雅なる襖画。品良き調度に置かれる卓布や座椅子の布は太麻の赤に黄緑が混じり、妓館ならではの派手を感じる。 『面倒な挨拶無用、茶の前に座れ』  既に我らの側にも蓋付の陶茶碗が置かれていた。  場の豪奢には肩透かしなほど砕けて呼ぶ客主は、いかにも羽振りの良さそうな貴族だ。貴帽も上衣も紋はないが上質で、声からも四十近くだろうか。  ……お客様、とは。  まず第一に、お客様。その内にて地位やご趣味や思い入れなど多岐なる個性あるのみ、よって私の初動は相手によらぬ。  出会いの縁に感謝し微笑み、礼を取る。 『早速だが注文だ。店子の新たな住み込み棟の布類全てを任す、として。概算では三丈四方を十室、各々常用幅二面ずつのの窓布に寝具一式、半丈四方の高床絨毯。以上を亜麻布を中心に、質のほどはこの儂が使う程度で見積せよ』 『はっ、心得ましてございます。お客様、出来ることならば現場を拝見しつつ算段を致したく存じます。より具体なご提案が叶うかと』  唐突に始まる商談に、緑如が即座に応じる。  私の態から客主は馴染でないと判じ、自身も同様なのに違いない。なれど依頼は滑らかな口調……他店にも声をかけたかもしれず、となれば早めに懐に飛び込むが良しとみて訪問を希望したのだ。  それにしても、話が早い。  貴族の会話といえばまずは時候の件。平民相手には不要ながら身につく習慣ゆえふわりと始まるものを、してふわりと希望は述べても具体なる発注は側近に任すものを。  冬の暖取りの高床まである住み込み棟、主と同等の布質揃え。店子にも我らにもありがたきお話だ。 『そう急くな、茶でも飲め。観徐の早摘み茶だ、と持ち来た稚児が自慢したぞ……うむ、旨い』  客主がゆったりと促し、満足そうに茶を含む。  流れのままに私も手を伸ばさんとしたところを、脇より素早く緑如が止めた。ん??  『いかなる用向きにございましょう』  かく問う緑如の声は先とは打って変わって固く、喫緊のごとき警戒まで見える。どうした緑如。 『用向きは言うたぞ。なかなかの商いだ、店主にも褒められよう』 『恐れながら……いずれのご縁で我らをご指名されたのでしょう』  緑如の態は解せぬが、このまま語らせるは不穏な気がする。よって私が口を挟み、常なる範疇の問いを、常なる笑みにて伺った。  がしかし、問いへの応じは常ならず。 『男同士で睦む仲と、聞いたのでな』
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