福来:薫布

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『……何ゆえに、さような者らをお望みでしょう』  思いを遂げて二年、職場に知れて五日。いかに知ったかと意外ながらも攻撃の意は感じず、認否を避けて問い返した。 『ふふん、なぜならば。この件はな、実は我がチョウギの望みなのだ』 『チョウギ?』  ……とは妓館なれば寵妓、気に入りの妓女だと思い至ると同時に、寝所の襖がスス、と開いた。 『ごっめんなさあい、お仕度に時間がかかってぇ』  不思議に満ちた声音である。 『おお~、待ち兼ねたぞ。はよ、近う』  慣れた様子で振り向きもせず、客主が好色そうに左腕を延ばし指を揺らした。その指先よりくるまるように、目新しき柄の上衣を纏う寵妓がぴたりと客主の左肩に寄り添う。   『ははっどうだ、驚くべき美しさだろ……うぅっ?!』  得意気に抱きかかえ間近に顔を覗きこんだ客主がのけぞり、目が仰天の勢いに開かれた。思いもよらぬ、とのごとく。  厚塗り多き妓女にありて、一線を画す白粉の厚み。頬には広く桃が渡り、触れたらば必ずや落とし難きべとつきで膨れ上がる紅の口。黒々と上向きに書かれた眉は先こそが太い。  ……なんともはや、個性豊かな。  だが今や声なき客主は、本来は美しさを自慢せんとしていた。なれば、と顔立ちをよくよく見るに、その鼻筋はすらりと高く、すっきりと小気味よい顎の輪郭はまるで少年の……、そうだ。  肩幅胸板はさほど張らぬが、この上背は男ならでは。まさに嗜好ある私なればこそ分かることだが、十代の男子特有の(かぐわ)しさを感ずる。 『誠にお美しゅうございます、お客様』  形よく煌めく目に射られた刹那に、客主が案件は寵妓の望みと告げたことを思い出した。なべてありがたき縁とて礼をとる。 『え……本気? わたしが美しい、って』 『はい』  その目で真っ直ぐに見られたらば気恥ずかしいほど、やはり、……美しい。 『ふうん。……ねね、この美しさったら、どうしたら隠せるかしら。もっともっと変にしたいの、どんなお化粧がいいと思う?』 『お、お待ち……儂は……より控え目でよい、のでぇは』 『だめよっ。きれいだとほら、モテるでしょ? そしたら旦那様にヤキモチ妬かれちゃうしぃ』 『いや儂は別に』 『なんですってっ!?』  痴話喧嘩か。  貴族が男妓を愛でるはよくあることだ。して肌まで交わすに、ふざけた化粧程度でも客主には直視に耐えぬ衝撃らしい。 『よき案がございます』  様子見のごとく黙していた緑如が口を開いた。固き声音で痴話なる二人の注を引きつつ、卓の下では茶の折に私を引き留めたままの手に力をこめる。
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