キンキ

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『処されるものが一人もなくては示しがつかぬ。生き長らえてヴァルの咎に耳目が行くはファブジ自身も望まず、ドリボガからの書状でも明言されていた。皇子の拉致も護衛殺しも事実なり、過去には他の咎とてあろう。かの命は有効に使うが得策ぞ』  …………。 『暁士や徳扇はお前に甘い。泣きつけば何ぞするかもしれぬ、なれど関わればただでさえ危うき者らの立場が更に揺らぐと知れ』  ……うむ。  政治に馴染みなく罪人の扱いも知らぬ、無知なる廼宇といえど状況は解す。  しかし劉国では本来、死罪は三人を殺めた者なのだ。己の無知をよすがに、己には見えぬ道があるやもしれぬと勝手なる希望を抱き、ゲンサに賭けてみたのだが……。 『我とてファブジとは砂漠の帰路を共にした仲、いずれというなら信こそを置いている。が、な。……せめてもの手向けに、拷問を禁じた。厳禁とした。我に出来るはこれまでだ』  拷問。  顔料屋に生まれ布屋に育ち、今や医師でもある廼宇には長年縁なき語であった。特任の鍛錬にて種類と活用そして受ける折の心構えなど説かれたが、皇子隊付お茶汲み係の廼宇としては爪剥ぎと聞けば治す技のほうが気になる始末。  ……かくも身近に聞き及ぶ日が来ようとは。  受けるは辛いに違いなく、死罪とて先に長らえる望みもなくば、それはまさしく生き地獄……。  黙した廼宇を見守るのみとなったゲンサに代わり、ハッサとカズサが口を開いた。 『拷問厳禁とはヤツの立場としたら相当な赦免だ。闇職の歴が長い、しからばヴァルのみならず他の地の秘も多く知ると期待される。もとより処刑の身なれば容赦なく生死の境を狙われたろう』 『そうだよ、死ぬほどの苦しみをひたすら味わうはずだった。……征殿下はね、処刑は一瞬、一刀にて成すようにも提言された。皇子殿下が罪人に……これはとても珍しい、大変な慈悲なんだよ廼宇っ』  決定はあくまで帝国律室が行い、征殿下ご自身は律室に属しておらぬ。しかし拉致の当事者にして第二皇子たるお方のご意向なれば死罪自体への干渉ではないゆえ認められよう、と二人は説いた。    拷問を知る者ら。  罪人の扱いを知り、宮廷の内を知る者ら。  言を尽くして宥めんとする心遣いこそはありがたく感じつつ、廼宇は黙って頷くしかなかった。
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