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『近場の友より週前に聞いた話がございます。お役に立てることあらば、問いに応じていただきたく』
『問いって?』
『先と同じです。用向きを、お聞かせください』
『……ふふ、いいわよ。わたしが満足したらね』
私事はさておき職においては何とて動じぬ緑如が、随分と緊張している。用向きあらば語られようが、頻りに問うは何ゆえか。近場の友とやらも初耳だ。
私の知る緑如でなく見える……卓下に触れる、手のほかは。
『寵妓様の、その瞳が美し過ぎるのです。大振りな形も、力強き煌めきも。目の印象は偉大ゆえ他をいかにしたとて評は高止まりとなりましょう。よって、眼鏡が役立つかと』
『え……おじいちゃんの?』
寵妓様の逞しき眉の根がきゅううと寄った。うら若き女形たるもの、年寄り向けの品を勧めれては不快であろう。しかし緑如は口早に続ける。
『その友によりますと、眼鏡とは芯の厚い透鏡により物を大きく見せるもの、逆に外より見ても用いる者の目が大きくなる……ところが。近頃西方より入り来た若患い用の透鏡は形が異なり、目は小さく見えるのだとか』
『へえ、新しいのね。書物で悪くする人も多いもの、役立つわ……でも。わたしには用なしねぇ』
言いながら、爪先を朱に染めた手を前後する。確かに、手持ちにて用いる品ゆえ化粧のごとく纏うわけにはいかぬ。
『ここで更なる報として。南里街の細工師がこのほど、ツルにて常時耳にかける眼鏡を作り始めたのです』
『ツル?』
はい、鼈甲や南方の巨竹などででかように、と、緑如は手で二つの丸を作り、そこから「つ」の字に細長く指先を動かした。
『つまり、手で持つ要がない。……さて、その透鏡と、そのツルを』
『合わせたら……ふうん、流行りの先端で、お目めもかくせる。ね旦那様っ、ツル眼鏡なんて知ってた?』
『まぁ話ばかりはな。軽い材の細工物ゆえ、富裕には流行ることだろう。しかし面相が……更に』
抱きつく寵妓をまじまじと眺めた後、耐えかねたかに目を逸らし。
『ふぅ、よいよい……愛いヤツめ、儂にそなたは止められぬ』
『ふふっ、よぉし、合格よ緑如ちゃん。じゃ、用向きのお話をしましょう』
客主への強請りを容易く終えた寵妓様は、卓向こうより身を乗り出した。
『福来ちゃんも気に入ったわ。お目出度い名にぷくぷくしたそのお顔ったら、店舗担にぴったりだし。じゃ、……男同士で仲良しのお二人とも。このわたしのお店で、働きなさいっ』
…………はて。
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