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寵妓様はじろり、じろりと緑如と客主を睨みつけると、溜め息をつき。
『ま、いいわ、暁嬢で。……条件は、悪くはないわよ? 旦那様がい~くらだって手伝い寄越すし、一年は今より良いお給を保証する。その後は稼ぎ次第だけど、売り先の当てもあるから怠けなければ大丈夫。……それに。何しろ私が店主だからね、男同士を厭うやつらは店の員から排除する、絶対に』
その、刹那。
目前がさあ、と溶けて崩れるような。胸を囲っていた壁が払われたごとき、不思議な開放感が我が身を包んだ。
何ゆえか、思わず否定が口を衝く。
『さような店は、……お客様から厭われるのでは』
『はぁ? 関係ないわよ、私事の嗜好なんてお客に言う由もない。お店ではいちゃつき禁止よ、当たり前だけど。でも住み込み棟では楽しく暮らせばいいじゃない』
……なんという違和だろう。
幼少からの、隠し事。秘すが日常と慣れたつもりが、運命を感ずる緑如に出会いて逢瀬の日陰に身悶えし。暴露後のこの数日は、覚悟の通りと平然を保ちつつも……胸の奥は削られていた、私の人生。
暁嬢様のあっけらかんとした物言いに、開放感溢れる、喜ばしき違和を感ずる。
『……でもねっ。ここからが条件の本番よ、福来ちゃん』
『はい』
呆けた途端に、水をかけられた。
そうだ、この世にかくも甘い話のあるわけがない。
『常ならぬ条件が、三つあるの。まず一つ目。次のお店では緑如ちゃんが上役になります。三歳下だし、今はあなたの後輩だけれどね。いいかしら?』
『はい』
緑如の有能さには、喜んで太鼓判を押す私だ。
異論のあるわけもなく、暁嬢様はよくぞご存知とすら思う。
『じゃ、二つ目。緑如ちゃんが伏せたがることを、訊かないように』
『はい。必ずや、上役と心得ます』
『ははっ、違うわよ~っ』
大きく圧の高き瞳がグイと見開かれた。
『職はいいわ、任せるから二人で話して解決して。今のは私事のことよ。付き合う二人の個人的なる間柄。だーかーら、わざわざ条件にしてるの。緑如ちゃんには多少の秘密がある。でも、見ないふりできる?」
『お、お待ちくださいっ』
『はい。承知しました……今までも。そして今後も、必ずや』
慌てる緑如を遮り、即座に言明した。
無論、本来ならば外から言われる筋はない。がしかし、元より緑如に秘密は感じているし、問うつもりは毛頭ない。
公私にわたり意を示すにはよい機である。
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